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五月病とチュロス【彼氏の顔が覚えられません 第26話】

  • 2015.5.7
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五月病と呼ばれるものがあるのは、ゴールデンウィークがあることに原因があると考えてほぼ間違いないと思う。

高校へ入学したころだった。まず友達を作らなきゃと思っていて、顔は覚えられないまでも、クラスメイトの名前を全部ソラで言えるくらい暗記して。

いつも声をかけてくれる子が何人かできて、気づいたらその子らの仲良しグループに加えてもらってて。「ねー、ゴールデンウィーク、みんな何するー。遊園地とか行かない?」って言われて。

遊園地。まだ父が生きてたころ、家族3人で行ったきりだった。誘われたことを母親に話したら、「いいじゃないの、行ってきなさいよ」って、お小遣い多めにくれて。

でも、行かなきゃよかった。小さいころはずっと父に手を握られていたから、迷子になることなんてなかった。まだ知り合って1月、覚えているのは名前と声だけの友達と、人でごった返す遊園地の中ではぐれるのは当然だった。

最初のうちは、向こうの方から「ちょっと、ヤマナシさん。ひとりでどこ行ってたの」ってすぐ見つけにきてくれたけど、そのうち完全に迷子になってしまって。みんなどこに行ったんだろう、と思っていたらケータイにメールがきて。

「私たち、先に帰ってるね。ヤマナシさん、私たちに付き合うのイヤなんでしょ? 無理しなくていいよ、ひとりで楽しんでおいで」

ちがう、そうじゃないのに。はぐれないように、迷わないように気をつけてたつもりなのに。私の不安な足取りでは、楽しげな彼女らに追いつけなくて。人混みが私を拒んで、厚い壁のように私の前に立ちはだかって。

息が、息ができない。こんなにたくさんの人がいる中で、誰も頼れる人がいない。船から落ちて、大海原に放り出されて、つかまる板も、小枝すらないような感覚で。

ひとりで、ぐんぐん船から遠ざかる。置いてかないで、そう叫んでも、船はどんどん小さくなり、地平線の向こうに消えてしまう。助けて、タスケテ。息が、息ができなくて。私は、海の中へ沈んでいく。ぶくぶく。大量の泡を吐き出しながら。

遊園地内、一人で倒れているところを、どこかの親子連れが助けてくれたらしい。その人たちにチュロスとコーラをもらって。皆を必死で探している間、ご飯を食べることも忘れていて、ペコペコだった。ありがとうございます、ありがとうございますって何度も感謝して。このご恩は忘れませんって言って。でもその人たちの顔は、やっぱり覚えていない。

そんなできごとがあって、心が折れた。もう無理して友達なんか作んなくっていいやって。

そして今、大学二年生の現在。大型連休を経て、また私の心は荒んでいる。4月の、あの晴れ晴れとした気持ちは何だったのだろうか。

連休中は、やっぱりほぼ書くことがなかった私の日記。パラッとめくれば、先日のタナカ先輩とコモリが初めて出会ったときのやりとりが事細かに記されている。

完全に五月病になったいま、振り返られるのはそのことぐらいだ。

(つづく)

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(平原 学)