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アートでお寺を身近に。照恩寺アートプロジェクトが広げる世界

  • 2020.8.13
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現代の人々にとってお寺といえば、「お葬式や法事を行うための場所」というイメージが強い。しかし、昔は違った。地域の人々にとって欠かせない、自宅でも職場でもない場所――“サードプレイス”だったのである。

そんなかつての姿を新しい形で再現するべく、東京都小平市にある照恩寺では、2018年から「照恩寺アートプロジェクト(SHOUONJI ART PROJECT)」を開催。数々のアート作品を院内に展示している。寺院とアート。まったく別物のように思えるが、実は両者はシンクロする要素が多い。その取り組みの意義について、住職の溝口賢亮(けんりょう)さんに話を聞いた。

かつて“サードプレイス”だったお寺の役割を取り戻す

戦後まもなく、浄土真宗本願寺派の寺院として建立された照恩寺。由緒ある同院が、なぜアートプロジェクトを始めたのか。きっかけは、お寺本来のありかたを考えたことだという。

「お寺というものが持つべき役割と、世間でのイメージに乖離(かいり)があるように思っています。宗教儀礼を行うだけの場所で敷居が高い、というのは、お寺本来の姿ではありません」(溝口さん)

「浄土真宗の寺院は『聞法道場(もんぼうどうじょう)』、つまり仏法のお話を聞く場所であることが本来の目的です。そのため浄土真宗のお寺は古くから街の中にあり、多くの人たちが仕事の合間などにフラッと立ち寄って、仏法を聞き、そのついでにお茶を飲んだり世間話を楽しんだり。そんなコミュニティが醸成される場でした。今っぽい言いかただと“サードプレイス”のようなものです」

これが浄土真宗の寺院の主要な機能で、葬儀や法事、墓参りといった仏事は、むしろサブ的な機能だったのだ。その古き良き文化を現代的にアレンジしたのが、アートプロジェクトである。

「お寺に対するイメージを払拭(ふっしょく)して、浄土真宗のお寺としてのありかたを多くの皆様、特に若い世代の人たちにも知っていただきたいと思い、このアートプロジェクトを立ち上げました」

仏教寺院を再び芸術・文化の発信地に

さて、実際にアートプロジェクトはどのようにしてスタートしたのか。

「もともとアートに興味をもっていたのですが、具体的なプランを思いついたのは、直島での作品を見たときです。古民家とアートが見事に融合している様子を見て、これは面白いなと。古民家の要素を持つお寺でもできるんじゃないかと思いました」

瀬戸内海に浮かぶ直島は、島中に芸術作品が点在する“アートの島”として名高い。

浄土真宗の本山である京都西本願寺の僧侶であった溝口さん。赴任した広島県内の備後教堂に勤めていた時、初めてのアートプロジェクトを企画した。

「その後、今の照恩寺で住職に就いてから本格的な取り組みを試みました。老若男女が興味を持つアートを媒介にすることで、お寺をより身近に感じていただければと思っています。観光名所になるほどの文化財を持つ寺院だけでなく、当院のような一般寺院にも、気軽に足を運んでいただけたら」

「ちなみにアートと仏教寺院は、私から見ればそんなにかけ離れたものではありません。両者はどちらも新たな“ものの見方”を発見できるという特性があります。作品を通してアーティストの世界観に触れるとともに、仏教に触れることで、さらに新たな視点を養えるのではないかと期待しています」

たしかに中世以降の日本の芸術において、仏教は密接に関わっている。寺院には壁画や屏風画といったものが多く描かれているし、茶道や華道のベースも仏教にある。そういう意味で、お寺は文化の発信地でもあったのである。

「仏画の寛方と呼ばれた日本画家、荒井寛方(かんぽう)氏に所縁あるものも所蔵していて、照恩寺はもともと芸術に縁が深い寺院です。季節によっては、そういった作品を院内に飾ることもありますね」

新進気鋭の若手アーティストの作品を月替わりで展示

「照恩寺アートプロジェクト」は、原則として一人のアーティストにフィーチャーして、その作品を展示している。およそ1カ月で入れ替わるので、訪れるたびに新しい作品に出逢うことができる。

「展示する作品は、若手アーティストのものが中心です。若い方の場合、作品を発表する場が少ないという事情もあるので、ささやかながらその一助になれればと。スペースはすべて無料にしているので、実験的に作品を発表する場としても有用です」

キュレーションにおける基準も、あまり制限がない。

「ジャンルとしては現代アートが好きですが、さまざまな作品にフォーカスしていきたいです。お寺という特異性もあるので、作品も個性豊かなものにしたいと考えています。テーマやモチーフ、作風などでの縛りは特に設けていません。意欲のあるアーティストを応援していきたいです」

プロジェクトは、新型コロナウイルスの影響下でも続けていたという。

「法座などお寺の行事はご年配の方に配慮して中止にしましたが、こういった時期だからこそ、お寺は開かれていなければいけないと考え、アートプロジェクトに関しては中止せず感染防止に努めて継続しています。外出自粛期間中は、展示予定だった企画を延期にして、3月からの展示をそのまま延長。7月からはようやく通常のスケジュールに戻りました」

アートプロジェクトの先に“世界の広がり”を感じる

アーティストと照恩寺とのコラボで撮影されたビジュアルイメージ。こういったこれまでのお寺にはないビジュアルも、プロジェクトの革新さを伝えている。Harumari Inc.

「私たちは日々の暮らしの中で、どうしても損得を中心に考えてしまいます。その狭い価値観に留まっていると『なぜ生きているんだろう?』という疑問に陥ってしまいがち。そんなときこそ、仏教の出番です。2500年以上もの時間を超えて私たちに呼びかけてくる仏法は、皆様の世界を何倍にも広げてくれるでしょう」

時代とともに価値観が変わっていく中で、お寺のあり方も変わっていく。アートプロジェクトはその端緒となるだろう。

「アーティストや作品は定期的に入れ替えになりますが、プロジェクト全体では、写真のように『考えるな感じろ』ということをテーマにしています。アートも仏教も“感じる”ことが大切で、このプロジェクトをご縁に、仏教の世界観にぜひ触れていただきたいです」

8月15日~8月30日の期間は、アーティストの田制可奈子さんによる企画展「ある日、」を開催。他者の記憶をベースに績まれた糸で織られた布、見る人それぞれの物語を感じられる。美術館では味わえない「五感」で楽しめる展示になっている。

アートを入口にすれば、お寺はもっと身近になるはず。「照恩寺アートプロジェクト」で深淵なる仏教に触れて、内なる世界の広がりを体感してみては?

 

文:中山秀明

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