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パニックと読者モデル【彼氏の顔が覚えられません 第25話】

  • 2015.4.30
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ガタッ。不意を突かれて、椅子から転げ落ちそうになる彼女。セリフもだけど、リアクションも漫画みたいにオーバーだ。そう考えるとなかなか愛嬌がある。

「い、い、いまなんとっ、なんとおっしゃったのっ!?」

「だから、好きなんでしょ、タナカ先輩のこと」

ぶるぶるぶるっ、と首を横に高速で振るコモリ。なんだか水をかぶった直後のワンコみたいだ。

「す、好きだなんてそんなっ、そんな陳腐な恋愛感情などっ。わたっ、わたくしは、人として先輩のことをお慕いしているのであり…そう、あこがれよっ、あこがれ…もっと、好きだなんてものよりも、崇高な感情だわ、これはっ…!」

わぁ、めんどうくさい。世間じゃそれを恋と言うのよ。思ったけど、口にはしないでおく。それより言ってあげなきゃいけないことがある。

「安心して。私、タナカ先輩とはただの友達だから。あなたのあこがれを奪うようなことをするつもりない」

「え…と、友達!?」

もはや、私に対する敵意はなさそうだ。さらに念を押してみる。

「そう、友達。それに私、一回先輩にコクられたけど、断ってるもの。恋愛感情なんか持ってないから安心して」

「断った…? ほ、ほ、ほ、本当に…?」

動揺が激しくてハトみたいなしゃべり方になってる。

「ここでウソ言ったって、別になにも面白くなんかないでしょ」

「ほ、本当に…タナカ先輩に、こ、告白までしていただいて…こ、断ったの、ね…」

いまだ半信半疑の様子だ。思っていた展開とあまりに違ってしまったからだろうか。真面目でしっかりしすぎる人間は、パニックに陥りやすい。私もたびたびそうなるからよくわかる。

「も、も、もしウソだったら…あ、あなたのこと、殺しますわよ…」

オマケに、うつむいて体を小刻みに振るわせながら、こんな物騒なことまでつぶやいている。なんだかこの展開、身に覚えがあるな…。

「ねぇ、ひょっとしてタナカ先輩って、高校時代モテたの?」

「モ、モテたって…それどころじゃないですわ! ご存じないの…当時先輩は、ファッション雑誌の読者モデルをされてましたのよ…」

読モ。あの魅力の乏しい先輩が? ありえない…と思ったが、なぜ私にそう言い切れるのか。タナカ先輩の顔を判別できないくせに。また、事実なら、軽音部に私を殺そうとした人間がいたのだってわかる気がする。読モだったら、熱狂的なファンだっているものだろう。

いままで、そんな人のことを好き放題いじり倒して、しかもまた、新しい友達か恋人に…なんて。贅沢と言うか、愚かな気さえする。

ふと、ケータイが鳴った。LINE通知だ。噂をすればなんとやら、相手はタナカ先輩である。

「ねぇ、コモリさん。よかったら、今からタナカ先輩と一緒にお昼食べない? 私、あなたのこと紹介するよ。先輩の大ファンだって」

「え…タナカ先輩と、お食事っ!? そ、そ、そんな…憧れの殿方と、お食事なんて…女性の貞節が…」

ランチ一つで大げさだ。やれやれ。大きくため息をつき、授業道具をしまい込んだ鞄を持つと、コモリの手を取った。

「ほら行くよ。先輩、学食でひとり寂しく待ってるから」

「わ、わ、ちょっと…まだ心の準備が!」

引きずるようにしてコモリを食堂へ連れて行く。

このタナカ先輩の大ファンのコと、先輩本人を会わせることで、どんなことが起こるのか。このときの私はまだ知る由もない。

(つづく)

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(平原 学)

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