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コム デ ギャルソン川久保玲による衣装、オペラ『オーランドー』。

  • 2020.1.24
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昨年末、オーストリア・ウィーン国立歌劇場で上演されたオペラ『オーランドー』は、150年続く男性作曲家優位と言われる伝統的な劇場に、パンクなフェミニスト旋風を巻き起こした作品として世界の注目を集めた。 英国モダニズム小説の巨匠であり、70年代女性解放運動のなかで再注目された作家、ヴァージニア・ウルフによる1928年の小説が原作。コム デ ギャルソンの川久保 玲が舞台衣装を手がけたことも注目の要因だ。地元出身の女性作曲家オルガ・ノルウィットに、演目を含めクリエイションすべての権限が与えられた本作、衣装のほか脚本と演出の全てを女性が担当したのも興味深い。

作曲家のノルウィットは政治的信念を発言し、音に落とし込むコミッテッド・コンポーザーとして知られ、オーケストラ、室内楽、舞台、映像やパフォーマンスなど領域横断的に活動し、過去にはカッセルのドクメンタ12にも参加している。オペラでは、 デビット・リンチの映画をテーマに映像を駆使した舞台『ロスト・ハイウェイ』(2003年) が知られているが、ほかにもハーマン・メルヴィルの小説『白鯨』を題材にした舞台『ザ・アウト・キャスト』(2008-10年)では環境問題に取り組み、さまざまな政治的社会的矛盾を指摘している。 また、アルバン・バーグの『ルル』(1929年)を題材にしたオペラ『アメリカン・ルル』(2006-11年)では、男性と女性の役割が変化しつつあるオーストリア第一共和国時代を、戸惑いながら生き抜く“魔性の女”を主人公に、人種問題が扱われた。原作『ルル』が書かれた1920年代から、公民権運動直中の70年代米国南部へ舞台をワープさせた『アメリカン・ルル』同様、今作『オーランドー』も前半は1598から1920年代のストーリーに忠実だが、 後半は 第二次大戦から現在まで、時代背景を変更して演出された。戦中の大量殺戮が言及され、60、80年代を経て、 トランプとみられる人物のシルエットが現代を象徴する要素として登場し、全体主義や家父長制を非難する台詞が舞台に響き渡る。

ノルィットが自身の「ロールモデル」の一人として挙げる、コム デ ギャルソンの川久保玲は、主人公だけでも9体、舞台全体を通して142体を提供した。1997年のマースカニングハム「シナリオ」以来の川久保玲による舞台への協働であることも、この作品が異例の注目となった理由のひとつだ。シンプルなセットで、映像パネルを駆使した演出が行われるなか、衣装は登場人物の心境や時代の空気を伝える要となる。物語冒頭に登場するエリザベス女王は、男性の力が強い時代に、誇張された甲冑で武装し「強い女」としての威厳を振りまきながらも、ショートパンツからすらりと伸びた膝下が特に美しい、オーランドーに魅了されていく。男性として立ち振る舞うオーランドーが着用するモノトーンなスーツは、解体されたノルィットの音に共鳴するように分解と再構築が行われ、原作が書かれたヴィクトリア朝時代を象徴するような、フリルをティアード状に重ねた袖にボウタイをあしらったブラウスは、恋する男性のロマンを伝える。

7日間の昏睡状態から男性のオーランドーが、突如女性として目覚める象徴的なシーンでは、ケープ型のブルーのドレスに身を包んだ「純潔」「貞節」「謙譲」を表す三人の天使に囲まれた主人公が、今までの衣装とは打って変わって、頭部から上半身に花がちりばめられ、華やかさが目を見張るような、カラフルな衣装で登場する。これらのルックは、美しくも窮屈で悲劇的な女性の一生について考えさせられた2012春夏の「ホワイト・ドラマ」コレクションを彷彿とさせ、オーランドーの女性としての試練を予感させる。

オーランドーが再度女性として恋をし、男性のパートナーを戦争に奪われる悲劇の場面では、最新コレクションで発表されたシルエットの、真っ赤なドレスがドラマティックな心情を表現する。

ヘア・アーティスト、ジュリアン・ディスのヘッドピースも加わり、コム デ ギャルソンの「トータル・ルック」を纏ったパフォーマー達がこうして舞台を彩った。全編が新しいルックで構成されながらも、 過去のコレクションへのレフェランスが随所にちりばめられた舞台は、ノルィットの言う「古典とコンテンポラリーが入り交じるオペラの世界」と呼応するように、メゾンのDNAを感じ、コレクションの形式に捕われない、ダイナミックな未来を予感させるものとなった。

先にパリコレで発表されたコム デ ギャルソン・オム・ プリュス2019秋冬の メンズコレクションを第一部に、エドワード朝時代を連想させるレースやカラフルなドレスが登場したコム デ ギャルソン2020 春夏コレクションを第二部、最後にオペラ『オーランドー』を第三部として、コム デ ギャルソンのコレクションがオーランドーを題材にして独自に三部制で展開されたことも、物語に新たな奥行きを与えることになった。

80年代のロンドンのパンクスタイルや、2016秋冬の「18th century Punk」のコレクションを彷彿とさせるルックが交差する川久保の衣装と同調するように、ロックからエレクトロまでさまざまなスタイルが入り交じる「音楽的な実験を19幕それぞれで繰り返した」と語るノルウィット。『オーランドー』はこうして、古典を主流とする劇場の伝統や慣習を越えて、女性をとりまく多種多様な制約をパンクな姿勢で表現し、劇場に新しい風を吹き込んだ。今作に限らず、ノルウィットが舞台で発する、時代を象徴する多様なメッセージは、彼女の作る音と同じように、受け手の感性によって十人十色の解釈を可能にする。 観る者の「自由」を尊重する彼女の舞台を観終わった観客が万が一、「観せられたストーリーを理解できない」のだとすれば、それはまさにノルィットの意図といえるだろう。いまのところ予定されてはいないが、現在最も再演が待ち望まれる作品の一つとして挙げたい。

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