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わたしは愛される実験をはじめた。第35話「モテない男を捕まえるためにメイクより大切なこと」

  • 2019.12.23

【読むだけでモテる恋愛小説35話】30代で彼氏にふられ、合コンの男にLINEは無視されて……そんな主人公が“愛される女”をめざす奮闘記。「あんたはモテないのを出会いがないと言い訳してるだけよ」と、ベニコさんが甘えた“パンケーキ女”に渇を入れまくります。恋愛認知学という禁断のモテテクを学べます。

■第35話「モテない男を捕まえるためにメイクより大切なこと」

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私はイケメン男子、テラサキさんを狙うことにした。

女の本能が惹きつけられずにいられない強敵タイガー(モテる男)なのは理解してる。でも、どうしてもあきらめきれなかった。好きという気持ちはとまらない。これもパンケーキ女なのかなと悩みつつ、自分で決めたことだから、どんな結果も引き受けるつもりだった。

鴨川の河川敷は夜だった。町あかりが水面にきらきら浮いた。

とはいえ決断した数秒後に、じわじわ、また迷いの心が生まれたりもした。「本当にテラサキさんを狙っていいんでしょうか?」

「ゆらいでるわね」

「やっぱりタイガーを口説くのって難しいことなんだろうなって。いつだってモテない女の側だった自分からすると夢のまた夢というか──」

「パンケーキちゃん」

「はい?」私は顔をあげた。

「私が禁止したところで、あなたの恋心はとまらないはずよ──そうでしょう?」

「それは──」自分の胸のなかの鼓動をおもった。私の恋心がいうことをきいてくれたことは一度だってなかった。「恥ずかしいけど、これじゃ典型的なパンケーキ女ですよね」

「大いに結構」ベニコさんはいった。「問題は覚悟の有無よ」

「覚悟?」

「覚悟があるなら、どの道を選んでもいい」ベニコさんは両手をひろげた。ワンカールしたボブ。ばっちり濃いアイメイク。ぽっちゃり体型ながら、あいかわらずアメリカンドラマのキャリアウーマンみたいな雰囲気だった。「いい? 自分の人生の運転席には自分がすわりなさい。行先も自分の責任で決めるの。それが生きるということよ」

私はうなずいた。黒い鴨川をみて、うねうねと延々続く道のりを想像すると、なんだか怖くなった。「ずっと一人で運転しないといけないんですよね?」

「安心しなさい」ベニコさんはいった。「私が助手席にすわってるから」

「よかった。なんか泣けてくる」

「パンケーキちゃん。女の涙は最後までとっておきなさい」

「うれしくて」私は首をふった。「やっぱり、まだ一人で愛される実験するのは心もとないっていうか。わからないことも多いし。とくに、これからタイガーのテラサキさんに挑戦するって考えると──」

「パンケーキ対タイガーはなかなか見物になりそうね」

私は、虎の前におかれた、こんもりホイップクリームがのったパンケーキ皿をイメージした。おもわず笑ってしまった。もはや勝負ですらなかったから。こんなふうに一言で空気をかえられる大人になりたいなと思った。「やっぱりモテる男性を口説くからには特別なアプローチがいるんですか?」

「そうね」ベニコさんはひとさし指を唇につけた。太い眉をよせて、なにかを考えているという顔だった。「その前にまず〝タイガー&フィッシュ理論〟にのっとって、フィッシュ(モテない男性)の口説き方を解説しましょうか。そもそも手法を変える必要があるから」

「え」私は露骨に嫌そうな顔をした。「さっさとイケメンの口説き方をおしえてくださいよ」

「オードブルのあとにスープがでるように、ものごとには順序があるわ」

「なんでですか。テラサキさんを狙うって決めたんだから、もうモテない男性をどう口説くかなんて必要なくないですか?」

「だから、あんたはパンケーキ女なのよ」ベニコさんはぴしゃりといった。「モテない男を口説けない女が、モテる男をつかまえられるわけないでしょう? タイガーを口説くことにしたからって、あんたの女のとしてのレベルがあがったわけじゃないのよ。応用の前に基礎。予習の前に復習。魔王の前にスライムよ」

その言葉に圧倒された。夜の河川敷で、ずずっと半歩さがった。確かに。最後の例えはよくわからなかったけれど、テラサキさんを狙うことに決めてから、ちょっと高揚してたなと反省した。「ううう、すいませんイケメン男子に挑戦するからって調子こいてました」

ベニコさんは髪をかきあげた。「わかればよろしい」

「この迷えるパンケーキ女にフィッシュの口説き方をおしえてください」

「パンケーキ女なのは認めるけど、卑屈になる必要はないわ」ベニコさんは足もとから小ぶりな石をひろった。そのカラット数を調べるみたいに指先でまわした。「さっきは口説き方を〝変える〟といったわね。けれど正確には〝調整〟する必要があるのよ」

「調整?」

「恋愛認知学のメソッドは生物学や心理学に基づいている。だから江戸時代にタイムスリップしたとしても通じる不変の法則よ──恋愛の万有引力みたいに。ただし相手や状況にあわせて形をかえる必要がある。たとえばアメリカ人の男を口説くからには、恋愛認知学のメソッドを英語にする必要があるでしょう?」

「言葉が通じないと意味ないですもんね」

「だからモテないフィッシュを相手にするときも彼らにあわせて調整する必要がある」

「はあ。タイガーでもフィッシュでも調整するといいってことですか」

ベニコさんはうなずいた。そっと石を30cmほど宙になげてキャッチした。「フィッシュにとっては女からアプローチがあったこと自体が強烈な体験になりうる──はじめての異性との接近かもしれない──くらい想定をしておくべきよ」

「え、私がアプローチすることが? 強烈な体験? LINEをきいたりするだけでしょう?」

「ずっと海のなかにいる魚は人間の体温ですら火傷してしまうのよ」

釣りあげた魚を手づかみするのを想像した──体温がもう熱い──火傷か。たしかに異性にアプローチされるのって、すごく緊張することのはずだ。

「いい?」ベニコさんは石をにぎりながら、ひとさし指を立てた。「女慣れしてないフィッシュにとっては女が近よること自体がインパクトあるできごとなの。それだけで夜眠れなくなって、ドキドキさせることができる、ひとつのメソッドになるくらい。これを〝身をこがす魚の生体反応〟と呼ぶ」

「なんか秋の料理っぽい名前ですね」

「火加減が大事よ」ベニコさんはうなずいた。「ゆえに、ほとんどの恋愛認知学の駆け引きがスパイスの濃い海外料理のように効きすぎてしまう可能性がある」

「いいことなんじゃないですか?」

「やりすぎるなら足りない方がまだいい」ベニコさんは首をふった。「混乱をまねくか消化不良になるだけ。そもそもフィッシュを狙うライバルはいないんだから。じっくりいけばいいのよ。シンプルに釣り竿をたらしていればいい」

「具体的にどうすればいいんです?」

「そうね──」ベニコさんは流し目を鴨川にむけた。セクシーだなと思った。「あくまで〝モテる女のふるまいで自分の価値を高める〟〝ラブリートークメソッド〟なんかの基本をおさえること。つまり、しっかりデートに誘って恋バナするだけでいい。それで〝身をこがす魚の生体反応〟がでるわ。ポジションがとれてるなら、それ以上強くでる必要もない。お好みで塩をふりかける程度に、その夜にLINEを〝モテる女の既読スルー〟でもすると効果的でしょうね」

「え?」私はシンプルすぎておどろいた。「それだけですか?」

「そうよ」

「すごくシンプル」私は肩の力をぬいた。「なにも考えず普通にやるだけって感じですね」

ベニコさんは笑った。「拍子ぬけした?」

「かも」なぜか私も笑った。「魚釣り楽勝って感じ?」

「でも、出会ったころのパンケーキちゃんならどう感じたかしら?」

「はい?」と、私はベニコさんのアイメイクの濃い視線にたじろいだ。そして夜の色に吸いよせられるように鴨川をのぞいた。

たぶん笑えなかっただろう。楽勝なんて口がさけてもいえなかった。モテない男性とはいえ──そもそもタイガー&フィッシュという区別も知らなかった──異性とどう話せばいいかなんてまるでわからなくてビクビクしてる毎日だったから。モテるなんて生まれつきの才能か魔法のように考えていた。遠い世界の話だって。ため息ばかりついていた。

「たぶん拒否してたはずです」私はいった。「男性にアプローチするなんて無理無理って」

「そうね」ベニコさんはくすりと笑った。

「どうしたんです?」

「気づかない? それがフィッシュの心境なのよ」

私はまばたきした。「どういうことです?」

「彼らはかつてのあなたと同じ立場だってことよ」ベニコさんはいった。その声は夢のなかの言葉のように響いた。「男とのデートを想像しただけで手がふるえて、返信しずらい長文絵文字LINEを送って、それでも恋愛を夢みて、空まわりばかりしていたころのあなた自身よ」

その言葉は衝撃だった。背中のどこかで汗をかいている感触があった。指一本にわたるまで反応することができなかった。

「そう考えると、どう接するべきかわかるというものでしょう?」

私は考えた。たしかに男性側だって、恋愛を怖がっているのはおなじはずだ──とくにフィッシュは。異性とのLINEで夜も眠れなくて、デート当日は緊張で吐きそうになるときもあるはずだ。当たり前だけれど、その発見はとても大事なことにおもえた。

「ベニコさん」私は同時にもうしわけない気分になった。「なんか、さっきフィッシュのことを笑った自分がすごく恥ずかしいんですけど」

ベニコさんは石を鴨川にそっと投げ入れた。水面に黒い波紋をひろげた。その形は目の奥にいつまでものこった。「本当のやさしさを身につけていきましょう──愛されるために」

■今日の恋愛認知学メモ

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・恋愛認知学のメソッドも相手にあわせて調整すること。

・【身をこがす魚の生体反応】フィッシュに対しては、女性からアプローチをしたというだけでインパクトになる。

・フィッシュを口説くときは、しっかりデートに誘って恋バナをするだけでもいい。

・本当のやさしさか——むずかしいけどがんばらないと。

【エピソード】

第1話「黙って座りなさい、モテる女にしてあげるから」
第2話「モテたくない? だからあんたはパンケーキ女なのよ」
第3話「みつめるだけで男を口説き落とす方法」
第4話「この不公平な世界で女がモテるには?」
第5話「魔法のように男を釣りあげるLINEテクニック」
第6話「なぜモテる女は既読スルーを使いこなすのか?」
第7話「男に愛想をつかされないデートプランの作り方」
第8話「デートは5分遅刻する女が愛される?」
第9話「モテたいなら男と恋バナをすること」
第10話「ボディタッチを重ねても男は口説けない」
第11話「愛される女はさよならを知っている」
第12話「パンケーキ女、ひさしぶりの合コンで撃沈」
第13話「合コンでサラダをとりわける女子がモテない理由」
第14話「合コンに100回いっても愛されない女とは」
第15話「合コンのあとに男心を釣りあげるLINE術」
第16話「合コンにイケメンを呼びよせるLINE誘導術」
第17話「合コンには彼女持ちがまぎれているので要注意」
第18話「モテる女はグラスを近づけて男の本能をゆさぶる」
第19話「モテる女は自己紹介からデザインする」
第20話「顔をあわせて5秒で脈アリかをさぐる方法」
第21話「なぜ空気を読める女はモテないのか?」
第22話「ひとみしりを克服する方法」
第23話「友人がフラれた話をして恋愛観をさぐりだせ」
第24話「相手の好みのタイプになれなくても逆転するには?」
第25話「モテる女はさらりと男から共感をひきだせる」
第26話「場の空気にすら愛される女はここがちがう」
第27話「愛されたいなら二次会にいってはいけない」
第28話「合コンの夜にLINEを送るとモテない?」
第29話「私たちはモテそうな男ばかり好きになってしまう」
第30話「まだ男は浮気しないと信じてるの?」
第31話「モテる男に挑戦する? モテない男を捕獲する?」
第32話「恋愛の失敗は、自分がなにをしているか理解してないときにやってくる」
第33話「優秀で私だけを愛してくれるオスはどこにいる?」
第34話「私たちは想いを言葉にすることで愛される女になる」
第35話「モテない男を捕まえるためにメイクより大切なこと」
第36話「なぜあの女はハイスペック男子に選ばれたのか?」
第37話「男との会話を笑顔で逃げる女がモテない理由」
第38話「男の機嫌をとるためだけに笑ってない?」
第39話「恋愛対象外の男子に失礼にふるまってない?」
第40話「まだフラれてることに気づいてないの?」
第41話「モテる女はLINE1通目から男心を罠にかける」
第42話「暴走しがちな恋愛感情をおさえるマインドフルネス?」
第43話「いい男はよってこない、いいよってくる男はつまんない?」
第44話「LINEで絵文字を使うほどモテなくなる?」
第45話「LINEは疑問符をつければ返事がくると思ってない?」
第46話「男に未読スルーされないLINEを作ろう上級編」
第47話「男の誘いLINEに即答でのっかる女はモテない」
第48話「イケメンのLINEを既読スルーできる?」
第49話「愛される女は自分ばかりを愛さない」
第50話「モテる女のスリリングなLINEの作りかた」
第51話「彼と距離を縮めたいならLINEで〝悪口〟を共有する」<第51話「彼と距離を縮めたいならLINEで〝悪口〟を共有する」
第52話「デートの約束は日にちまで決めてしまうこと」
第53話「最短でモテる男とのデートの日程を決めるには?」
番外編「モテる女は付き合う前にクリスマスプレゼントをわたすのか?」

■祝! 『わた愛』小説化・漫画化が決定

2018年11月6日公開
2019年12月20日更新

浅田悠介さんの連載『わたしは愛される実験をはじめた。』の小説化・漫画化が決定しました。
作品化を盛り上げていくべく、バックナンバーを1日2話、12時15分、22時に1話ずつ『DRESS』トップページに再掲します。

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