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うつわディクショナリー#60 大地とつながる、野口悦士さんのうつわ

  • 2019.10.10

種子島、鹿児島、デンマークへ、土を求めて

陶芸家の野口悦士さんは、長らく種子島で陶芸をしていたが、近年は、鹿児島を拠点にデンマークなど海外でも作陶。「土のあるところならどこへでも」の感覚で、訪れた土地の足元にある土の特徴を感じ取り、あるがままを生かしてうつわを作る。そうしてできた作品には、野口さんとその土地、それぞれの「らしさ」がきちんと表れていて、人と大地が交わってこそ生まれる焼物世界の大らかさを感じさせてくれる。

 

—野口さんの作品は、焼締めのお碗や酒器、「緑青(ろくしょう)」という名の鉄器のような花器が特徴です。

野口:はじめて焼物に触れたのが、種子島焼でした。種子島焼とは、もともと島にあった能野焼(よきのやき)という焼物を復活させるために、唐津の陶芸家・中里隆さんが島に呼ばれて復興した焼物のことをいいます。種子島の土は、鉄分が多くきめが細かいので、釉薬をかけずに焼く焼締めに向いているんです。

 

—そもそも、なぜ種子島に渡ったのですか?

野口:学生時代にサーフボードを削るアルバイトをしたのが、すべてのはじまりですね。サーフボードは、ポリウレタン素材を削って流線型のかたちにととのえていくもの。削る人によってできあがりが全く異なるんです。そういう職人的な仕事を卒業後も続けたいと思ったのですが、ケミカルな素材を扱うので、体への影響などを考えると長く続けるのは難しそうでした。そんな時、サーフィンのメッカ、種子島に焼物があると知り「職人仕事をしながらサーフィンができる、これだ!」と島に渡ってしまったんです。

 

—中里隆さんのもとを訪ねたのですか?

野口:それが、中里先生はもう唐津に帰られていて。窯元で働きながら、作品を作りましたが、海がすぐそこにあるのにサーフィンをしなくなるほど、近隣の土を掘って焼物にすることにのめり込んでしまって。数年後に改めて、唐津に先生を訪ねました。その時に制作していた小皿をひとつくださったので、種子島に帰ってからそれを手本に黙々と作陶を続けていました。すると、今度は中里先生のほうから、個展のために種子島で制作をしたいと訪ねてくださいました。それからは、弟子のように一緒に行動させていただき、アメリカなど海外での作陶にもお供して手伝いながら、自作の制作も重ねました。

 

—お碗も鉢物も花器も、どれもスッとしたラインがモダンで魅力的です。

野口:中里先生とほぼ毎日一緒に暮らす中で大事にしていたのは、食事の時間でした。先生は、朝ごはんの時から「今晩の献立はどうしようか」という話をするほど、近くで手に入る食材を一緒に調理してうつわに盛り付け、うまい酒と一緒に食すことに楽しみにしていて。陶芸の技術もさることながら、そういう人としての生活の基本を学びましたね。焼締めの陶器というと、重厚なイメージがありますが、僕は、食べ物を盛り付けて食事を楽しむためのうつわを作りたかった。現代の生活で毎日使うなら、焼締めでも軽やかな方がいいのではないかと思って、口作りを薄くしたり、花器なら面取りをしてシャープなラインを出すようになりました。

 

—緑青シリーズは、時を経て錆びたり、朽ちたあとも荘厳な雰囲気を宿す祭器のようです。

野口:緑がかった色と自然灰がごつごつと表面を覆った表情が特徴の焼物です。最初は、花器など飾るものに限定していたんですが、ある時、料理人の方のリクエストでお皿を作ったら、独特の色と特徴的なテクスチャーを料理の盛り付けにいかして、とても美しく使ってくれたんです。使ってくれる方のおかげで発想が豊かになりました。

 

—今回の個展には、デンマークで制作した釉薬もののうつわもありますね。土が変わってもかたちのシャープさは健在で、野口さんらしさが見られます。焼物には、やはり作る人が出るのだなあと改めて感じました。

野口:3年ほど前から、年に数ヶ月、デンマークの焼物工房に滞在して作陶をしているんです。成形は僕がしますが、工房の土を使い、釉薬の調合、掛け方、焼き方は彼らのスタイルに任せて作っています。そうすることで、僕も予想しなかった仕上がりになるというのもいいなと。

 

—確かにブルーグレーの釉薬などは、いかにも北欧の焼物といったニュアンスです。

野口:その土地の素材でしか生まれない色というのがあるから、海外の制作は面白いです。今回は、レンガ用の土をうつわに応用して焼締めの鉢や片口も作りましたが、土の層のような模様が出て驚きました。どの土が使えるかを見極める時には、種子島での経験が役立っています。

 

—工業製品のうつわも充実する現代において、そうやって手作りのうつわを作る意味ってなんでしょう。

野口:中里先生の仕事を見ていて思ったことですが、ろくろを回し、土が伸びた時の勢い、これは人の手でしか生まれ得ないものでしょうね。そういう、3Dプリンタが発展したとしても出せない感覚を大切に。しかし、工業製品とも仲良く同じテーブルに並べてもらえるものを作っていけたらと思っています。

 

※2019年10月14日まで、渋谷のセルリアンタワー1F「GALERIE AZUR」にて「野口悦士 デンマークでの仕事展」を開催中です。

 

今日のうつわ用語【種子島焼・たねがしまやき】

その昔、種子島にあった能野焼(よきのやき)を復活させようとした島の有志が陶磁器研究の小山冨士夫氏に相談し、その推薦により唐津の陶芸家・中里隆氏が島を訪れ、土地の土を用いて作りはじめたのが種子島焼。鉄分を多く含み、きめの細かい土は焼締めに向いている。

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