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おじさんが答える! 50代男性が求める女性とはこんな女性!【ひとみしょうの男って実は】

  • 2019.9.19
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50代の男性とは、どのような男性なのかについては、ネットに情報がたくさん載っています。

例えば、精神的な余裕がある(女性に対する包容力がある)とか、経済的な余裕がある、平社員の時のようにことさら上司に時間的な拘束を受けないので時間的な余裕もある、などと書かれていたりするのです!

そういうのを読んで、男である(おじさんである)僕は、マジか? と思います。きっと、若い女子が想像で書いたのだろうとしか思えないのです。

さて、本項では、50代男性の実態を紹介しつつ、50代男性が求める女性とはどんな女性なのかについて一緒に見ていきたいと思います。

対等に話すことのできる女性

50代の男性、つまり、おじさんは淋しい。だから、50代男性が求める女性とは、対等に話のできる女性です。

あなたが、自分で自分のことを「わたしの性格は幼い」と思っていても別にかまわないんです。おじさんから見て「この子は俺と対等に話ができる子だ」と思えばそれでOKです。

さて、おじさんは、何が淋しいのか? 何が、ではなく、漠然と淋しいのです。

これまでの50年間を振り返った時「人生やり直したいなあ」と思わないおじさんはいません。みなさん大なり小なり、自分の過去を後悔していて、人生をやり直したいと思っているのです。

つまり、心が過去の未完結の物語に繋がれているのです。そういう人が、漠然と淋しくないはずがないのです!

若い女子でいうなら、例えば、就活に失敗したことをいつまでも悔やんでいるとか、彼氏に振られたことをいつまでも悔やんでいるというのは、ようするに未完成の物語に心が繋がれている状態ですよね。

そういう人って、「なんか分からないけど漠然と淋しい」としか言いようのない淋しさと日々格闘していたりするでしょう?

おじさんの淋しさとは、例えばそういう淋しさなのです。そういう種類の淋しさを持っているおじさんは、自分に遠慮することなく、いわば土足でズカズカと自分の心の中に入り込んできてくれる女性に救われた思いがするのです。

だからおじさんは、遠慮なくボケ・ツッコミの会話のできるスナックの若い女子に惚れるのです。スナックの女子じゃなくても、会社の部下の女子でも、近所のバーで会った若い女子でもいいんですが……。

更に例を挙げるなら、50代の男性が20代の女子に下ネタを言った時、「アホですか?」と切り返してくれる20代の女子に、おじさんは妙な高揚感を抱く、つまり「この子いいなあ、好きだなあ」と思うのです。

つまり50代男性が求める女性とは、遠慮のない会話のできる女子なのです。

既婚者にも遠慮なく食いついてくる女子

50代の男性の中でも、とりわけ結婚している男性は、既婚者にも遠慮なく食いついてきてくれる女子を求めます。

「え? おじさん結婚してるんですか? なら、わたしと一緒に遊べないですね」などと言う女性をおじさんは求めていません。結婚していてもしていなくても、同じように接してくれる女性を、おじさんは求めています。

おじさんに不倫願望があるからというわけではありません。先に書いたように、おじさんは淋しいから、そのような女性を求めるのです。

淋しさを消す(あるいは紛らわす)為に、女性と思う存分遊びたいとおじさんは考えます。この場合の遊びとは、遠慮のない会話を楽しみたいということです。

もちろん50代になっても60代になってもスケベなのがおじさんです。でも、普通は(普通に歳を重ねてきたら)、下半身の能力の衰えなどもあり、50代にもなると、まずは女性と会話を楽しみたいと思うのです。

「後のこと」は、相手の女性が「それ」を求めているのなら「そう」しようと思うのです(エロサイトではないので、濁して書くしかありません。著者であるおじさんの気持ちを察しつつお読みください)。

なのでおじさんは、既婚者にも遠慮なく食いついてきてくれる女性を求めるのです。

「後腐れなく」遊ぶことを前提としている女子

女性が「そういう関係」を求めているのなら、「そういう関係」になってもいいと思うのが、50代男性です。

がしかし、彼はすでに「色んなこと」を経験してきました。

なので、「後腐れなく」遊ぶことを前提としている女子を、おじさんは求めます。おじさんズルい? 確かにズルいのかもしれないですね。

でも、ズルさでもって、女性を泣かしてきたのがおじさんである反面、後腐れなく遊ぶ方法を熟知している女性に泣かされてきたのがおじさんでもあるのです。

だから、50代男性が求める女性とは、後腐れなく遊べる女性なのです。

終わりに

ネットに出ている(恐らくは若い女子が想像で書いたであろう)50代男性の人間観からは、おじさん特有の淋しさが抜け落ちています。淋しさに関する考察がまるっと抜けてしまっているのです。

おじさんは、本当に淋しいのです。この世を去るまでのカウントダウンに差し掛かっている50代のおじさんは、自分がこの世を去るまでに、何かを成し遂げたいと思っています。

でも思うように何かを成し遂げる能力にも、時間的・金銭的余裕にも恵まれていないことを、自分がもっともよく知っています。

でも、それでも尚、自分がこの世に生きた証を、何らか残したいと思っているのです。そんな切実にして真面目な思いを持っている50代の男性であれば、今更女性を求めることはないだろう、と思う女性もいると思います。

でもその考えは、悪いけど間違いです。おじさんは毎日毎時間毎分毎秒淋しいから、女性と一緒に夢を見たいと思っているのです。

Written by ひとみしょう

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