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カーネーション

  • 2019.6.2

「お花を選ぶ時は彼女の、あっ、私のよ!(笑)私の顔を思い出してどんな色してるかな、とかどんな顔してたかな、とか思い出して考えて選ぶのが花を選ぶコツだからね!女の子はね、花だったらなんでもいいってわけじゃないの。薔薇なんか特に最悪。あんな偽物みたいな赤色しちゃってさ。プロポーズに薔薇大量に渡すのだけはやめてね、そんなことされたら一生信じらんない。とにかく花だけはちゃんと選んでね!お花をもらうのが嬉しいんじゃなくて考えてくれたんだ、って思えることが嬉しいの」

カーネーション

そう言って彼女は顔を壁にぴったり付けて眠りについた。暑くなってきた6月の上旬。白い壁の向こうはコンクリートだからか冷んやりとして相当気持ちいいらしい。顔を向こうに向けて寝てしまうのは付き合いたての頃は結構寂しかった、けど最近は少し慣れた。彼女が壁を向いていても僕のことを好きなのが分かったからだ。彼女は後ろ姿だけでも本当に可愛い。

ある日のこと、彼女は帰ってきた瞬間から間違いなくキレていた。

僕は笑顔で出迎えるつもりでいた。階段を上がってくる足音の時点でもうおかえりを言おうとしていた。そして彼女が玄関を開けた時すでに口元はおかえりの「お」の形をしていたし顔を見た瞬間におかえりを言う前の「お」の口の形で僕はおかえりを言うのをとっさにやめてしまった。

というよりも瞬時に察してしまった。彼女は僕の顔を一瞬見るなり手を洗いに行った。僕は彼女が帰ってきてからの時間を思い出し引き返してみたが、この数十秒間の中でどう考えても喧嘩をするタイミングはどこにもなかった。

その後、彼女は明らかに顔を冷たくさせている。しかし僕とリビングにいる。僕は彼女と目を合わせることを無意識に避けていた。理由も分からなくキレているということにどうしたらいいか分からない。たった今彼女が敵なのか、それとも味方なのか、全くもって分からなかった。こういう時は時間をできるだけ稼いで彼女がどこかを見ている隙にこっそり目を見たりして敵なのか味方なのかをうかがう。

ちらっと見る彼女の目は全くもって笑っていなかった。しかしその冷んやりとした壁のような目もすごく素敵だった。こんなことは到底本人には言えないけれど。

テーブルを挟んで僕は椅子に横から座り、壁にもたれかかっていた。彼女はこのテーブルの向こうで椅子と同様正面を向いて座っていた。僕の方を明らかに見つめている。僕は天井を見上げていた。見つめられていることを知っていたが気付いてないふりをして天井を見上げていた。まるで僕の右耳に目が付いているみたいにはっきりと彼女の目が見えているのだった。

「お花いつになったらくれるの?」

彼女は突然そんなことを言ってきた。

ちらっと見たその目の中はとんでもなく潤っていて、涙がすぐにでも出そうで水みたいに綺麗だった。

「お花、いつになったらくれるの?」

僕はまだ何も言い返せなかった。

「ねぇ、お花、いつくれるの?」

僕の方をしっかりと見つめている彼女は怒っているけど泣いているようにも見えた。

正直なところ、付き合って数ヶ月、何度もお花をあげるタイミングはあった。はずだ。でも彼女の言う、

「お花を選ぶ時は考えてね」というものにものすごくプレッシャーを感じていた。まるで婚約指輪の種類を期待されているような気分がした。246の花屋を通り過ぎるたびに彼女の顔を思い出していたのは僕自身知っているが、根拠のないプレッシャーに負けていつもお店に入ることはできなかった。

久しぶりに彼女に会った時、彼女が海外出張から帰ってきた時、掃除をしてくれた時、なんでもない時、たぶんいつだって渡せるタイミングはあったんだと思う。でも僕は否定されたり、彼女の顔色が暗くなったり、花が見当違いだったらどうしようとか色々。自分の得点を気にして簡単な一輪さえも買うことができなかった。

ここまでよく自分のことは分かっていたが正直彼女が喜ぶかどうかよりも自分が彼女にどう思われるかの方が大切だった。

それに彼女はとうとう愛想を尽かし、彼女から花を求めさせるという可哀想なことをさせてしまったようだ。

「お花、全然くれないじゃん! ねぇ、なんで一輪すらくれないの? たくさん欲しいって言ってないじゃん! 薔薇が欲しいなんて今まで一回も言ってないじゃん!高いお花が欲しいなんて言ってないじゃん! 私は雑草でもいい、道端の小花でもなんでもいい……私のことを考えてくれたっていう瞬間がほしいんだよ……ばか……ばかばかばか……自分のことばっかり!本当自分のことばっかりだよ……」

彼女はよほどお花が欲しかったのか。そもそもそんなに女ってお花欲しいの?むしろお花でそんな喜ぶの?と泣いてる彼女を見ながらも冷静にふとそう思った。でもこれはたぶん見当違いなんだと思う。

目の前で彼女は泣いている。たぶん抱きしめようとしてもやめて!なんて言われて突き放されるんだと思う。

だから僕はただ、「ごめんね」としか言うことができなかった。

「……ごめんねとかいらない! そういうことじゃない! 目の前で泣いてるんだから抱きしめろってば! もう! ほんとに……もうほんとにやだ……」

彼女はまたもや肩に力を入れて泣き始めた。僕は言われた通りすぐさま抱きしめたが遅かったようでもう全然納得はしていないように思える。けれど彼女は僕の身体に手を回してぎゅっと僕の身体を引き寄せた。

そうして僕はすぐさま次の日、気合いを入れて花屋に行った。彼女のことをたくさん、本当にたくさん考えた。言われた通り何が好きそうか何色が好きそうか考えた結果、一輪の柔らかい色をしたオレンジ色のカーネーションをルンルン気分で買って家に戻り、彼女に笑顔で

「昨日はごめんね! はいお花」

と渡したのだった。

彼女はすぐさま喜んだ顔をした。お花の効果はやはりてきめんだと思った。しかし彼女は中の花を見るなり顔を暗くして僕にこう言った。

「カーネーション……ねぇ、本当に考えたの?考えて、考えて、考えて、カーネーション?私がカーネーション?」

「すごい考えたよ、そしたらカーネーションしかなかった。どう?」

「……カーネーションっていつあげるか知ってる? 母の日だよ、私お母さんじゃん……お母さんみたいなの? ……カーネーションなんかもらったことない」

僕はそれなりに彼女のことを一生懸命考えたし、僕にとって彼女はどう考えてもカーネーションだった。でも全くの予想外れだったらしい。

「……でも、ありがとう……」

彼女はカーネーションを持って寝室に向かって、寝室のドアをパタンと閉めた。

僕にとったら彼女はカーネーションだったんだ。

たぶんこれからも僕はカーネーションを彼女にプレゼントする。だって彼女のことを考えて買ったからね。

今日も僕は彼女が心の底から大好きだった。

カーネーション

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