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【女子のばんそうこう】一方その頃、「男らしさ」の呪いは。

  • 2019.5.18
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「外見のコンプレックスをカバーしたい男たちは、一体どうしてるんだろう」

昔から、折に触れてそう思っていた。

私自身はたくさんの外見的なコンプレックスを持っている。胴長短足、O脚、太もも太い、くせっ毛、毛深い、フェイスラインが四角い…などなど。それらをどうにかカバーするためには、高いヒールの靴や脚のラインを拾いすぎないボトムスや輪郭をごまかせるヘアスタイルや脱毛などが必須だった。私は女なので、ファッションとメイクに関してはあふれるほどのアイテムとワザとコツが世の中に出回っており、それらを駆使してうまいことやって今日まで生きてきた。世のトレンドと40をとうに過ぎた己の年齢が相まって、最近やっとぺたんこのスニーカーで本来の脚の長さのまま歩くこともイヤではなくなってきたけど、自分の見た目が大嫌いだった若い頃から今まで、それらのファッション&ビューティーアイテムがなければとても耐え切れなかっただろう。

反面、「あー女の身支度って色々めんどくせーな」と思うこともしばしばで(そりゃそうだ、カバーしたいところを何とかしようとすればするほど大変なんだから)、その時に「男はいいなあ…基本的には上はTシャツかシャツ、下はパンツ一択、靴だってそんな選択肢ないしシンプルだよね」とか言ってたんだけど、その流れでふと、冒頭のようなことを思うのであった。

もちろん私の生まれ育った時代はもはや男性のファッションもヘアスタイルも多岐に渡っていたけど、男が「着飾る」「己の外見ケアを熱心にする」ことは男らしくない、女々しい、キモい、みたいな価値観もしっかり存在していた。
私のようにO脚だの胴長短足だの毛深いだのの悩みを抱える男性がいたら、これをカバーするワザもアイテムも(女性よりは)ずっと少なく、気持ちのハードルは高いだろう。身内とかに悩みを打ち明けても「男なんだから外見を気にするな、中身で勝負しろ!」なんて言われちゃったりもするんだろうなあ…それはつらいなあ…。そんな想像もしたりした。

そして現在。
私の通う某ジムの人気インストラクター君(20代前半)などの話を聞いていると、時代は変わりつつあるとしみじみ思う。マメに美容院に通い、洗顔後のスキンケア(化粧水、美容液、シートパック等)は当たり前。ヒゲもサロンで脱毛。眉ティントもしてる(というか彼から眉ティントというものを教わった)。「ファンデは使ってる?」という質問に「目元に疲れが出やすいからコンシーラー使ってる。ファンデはみんな普通に持ってる」と答えていた。彼はかなり美意識の高いタイプだとは思うが、それでも「一般男性」枠の中に入るひとではあると思う。まあそんな枠に意味があるのかは別として。そういえば最近観た日本の洗顔料のCMでも韓国のコスメのCMでも「メイクを楽しむひと」の中にはきちんと男性モデルが入っていたなあ。

ああ、時代がここまで来てよかった。

だってコンプレックスや「今より美しくなりたい・もっと外見を整えたい」という気持ちには本来、男女の差などない。あるとすればそれは押し付けられた価値観だ。わたしたち女が「女たるものこうすべきである」の押し付けにうんざりし、「社会の歓心を得るために粧え」「しかし装いすぎるのはいかがなものか」というダブルバインドに中指を立て始めたいま、「男たるものこうすべきである」も同時になくしていった方がいいに決まってる。女だろうが男だろうが、やりたいことやらないことは自分で選びたい。内面に限らず外見だって、好きな自分になるためにあれこれしたい。
え?草食系?おおいに結構。草食肉食の定義がすでに昭和感満載なんだから令和になった今、そんなレッテルは滅びればいいと思う。男への「女々しい」がdisりになり、女への「男前」が褒め言葉になるのも、そろそろやめていきたいよ。

磨くのも飾るのも、磨かないのも飾らないのも、自由。そして外見の話以外でも、自分が窮屈だな、脱ぎたいなと思う価値観があるならば、異性に課せられている価値観(そしてこちらが無意識に相手に課している価値観)も同時に脱がせてあげたほうがいい。
「男も(または女も)つらいんだよ!」という逆マウンティングで押さえつけ我慢し合うのではなく、「男も女もせーので呪いを解こうぜ!」と肩を抱きつつすすんでいきたいよね。

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