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瀧 晴巳が選ぶ、時の流れを俯瞰してみせてくれる3冊。

  • 2018.12.21
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暖冬といわれた今年も、いよいよ本格的な冬の到来。2018年の幕を閉じる前に、この一年を振り返りましょう。今回は、ライターの瀧晴巳さんが選ぶ、時流を捉えたベスト本3冊を紹介。

いまを生きる私たちを捉えた、2018年を物語る本。

「私たちたちは一体どんないまを生きているのか、大きな時の流れを俯瞰して見せてくれる。これは、小説がくれるかけがえのない力のひとつだと思う。人の一生は本当はあっという間だ。でもその儚さを思い知ると、かえってふつふつとたぎるものがある。同じ時代を生きてきた。そんなことを感じさせてくれる3冊を選んでみた。<時代>と呼ばれる大きな時間の、私たちは最前線に立っている。今日という日が、いつかあの頃になる。生きている者にできることは、ただ自分を精一杯生きることだけなのかもしれない」

『国宝』(上下巻)

吉田修一著朝日新聞出版刊各¥1,620

引用したのは、歌舞伎役者の喜久雄が「京鹿子娘道成寺(きょうかのこむすめどうじょうじ)」を踊るくだり。任侠の一門に生まれながらも、類いまれなる美貌で稀代の女形として駆け上がっていく。この時、一人分左にずれているのは、芸の道でしのぎを削り合った梨園の御曹司にして生涯のライバル・俊介がそこにいると思ってのこと。かつて、ふたりは「二人道成寺」を踊ったことがあり、思えばそれが長い道のりの始まりだった。漫画『ガラスの仮面』のマヤと亜弓さながら、境遇もタイプも違う歌舞伎役者を軸にした群像劇は、50年の歳月を描いてひと息に読ませる。

作家デビュー20周年を迎えた吉田修一が、文体もガラッと変えて挑んだ渾身の大河小説には、こんなシビれる名場面が目白押し。華やかな意匠の下にある、泥臭くも熱い生きざまが、読む者の胸を揺さぶる。小説の幕切れを飾る演目『阿古屋』は12月の歌舞伎座で上演中。坂東玉三郎、中村児太郎、中村梅枝が日替わりで主役を務める。当代では玉三郎だけが演じていた女形の難役に若手ふたりが挑む。余韻を味わいたい方はぜひ劇場へ。

『水中翼船炎上中』

穂村弘著講談社刊¥2,484

年号が変わる。時代が変わる。はたして私たちはどんな歳月を生きてきたのか。1962年生まれの歌人・穂村弘の最新歌集は、それをひもとくための最適の手引き書になるかもしれない。

新幹線の食堂車やキオスク、あの頃あって、いまはもうないもの。丹念にちりばめられた固有名詞は、通り過ぎてきた日々の道標だ。水を買う日が来るなんて、子どもの頃は思いもしなかった。真夜中のコンビニに吸い込まれるように入ってしまう時の気持ちを、いまの私たちは確かに知っている。

物語にして語るにはささやかすぎるそうした記憶の断片を切り取っておくのに、31文字の短歌はうってつけだ。スナップショットのような風景が、時の魔法で語りかけてくる。あの頃、子どもだった私たちも大人になり、親たちもいつの間にか年老いた。自分を生んだ人たちが消滅する、それを本当に実感できた時、この私もいずれこの世を去ることがひしひしとわかってくる。

人が繰り返してきた普遍的な営みの不思議、未来への不穏な予感も、人が繰り返してきた普遍的な営みの不思議も、この一冊の中で脈打っている。

『さざなみの夜』

人は死ぬ。やがて誰もが死んでしまう。年を重ねるにつれ、そんな当たり前のことが心底腑に落ちるようになって、家族や大切な人のその日を思うと怖くて眠れない夜がある。そんな時に読んでほしい。43歳で亡くなったナスミのことを、彼女と関わった人たちが語っていく。

最終回が気になっていた漫画や、ケンカして折れた歯のこと。泣き笑いしたくなるしょうもない思い出が、いまも背中を押してくれること。いなくなっても、繋がっていく命。

脚本家・木皿泉の描く世界が好きだ。日常と呼ばれる当たり前の日々の中に、こんなにも愛おしい一瞬がある。平凡に見える人生をいたいけに生きる人たちの輝きがある。死を描いているのに光るものが見えてくる。いつか自分が死んだら、こんなふうに思い出してもらえたらいいなと思う。

Harumi Taki / 瀧 晴巳インタビュー、書評を中心に執筆。西原理恵子著『女の子が生きていくときに、覚えていてほしいこと』(KADOKAWA刊)、かこさとし著『未来のだるまちゃんへ』(文藝春秋刊)、よしもとばなな著『「違うこと」をしないこと』(KADOKAWA刊)、ヤマザキマリ著『仕事にしばられない生き方』(小学館刊)など構成も多数手がける。

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