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すぐセフレになってしまう人の特徴【ひとみしょうの余談ですみません】

  • 2018.12.5
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すぐセフレになる人とは、人生に軽く絶望している人です。意識的・無意識的にかかわらず、自分の人生に絶望している人です。

たとえば、偶然にも不条理なことに巻き込まれ、投げやりな生き方をするようになった人は、わりと簡単にエッチに走るようになるんですよね。

たとえば、親がやりたいことをやらせてくれなかったとか、希望した会社に就職できなかったとか、「何をもって不条理(理不尽)とするのか」は人それぞれだけど、とにかく自分の人生に絶望していたら、人はわりとセフレとエッチを楽しむようになるんですよね。

エッチ=生きている実感を得られる行為

自分の人生に軽く絶望していたら、「エッチしている時こそが、生きている実感を得られる時だ」という感覚に陥ることがあります。彼・彼女は、日ごろから絶望している、つまり「死んだように生きている」のだから、時には生きている実感を味わいたいと思います。

そしてそういう気持ちは、表情に出ます。態度に出ます。すると同じように、人生に軽く絶望を感じている人が寄ってきます。かならずしも、「絶望を感じている=暗い表情をしている」わけではなく、きわめて明るくてポジティブそうに見える人の中にも、絶望を感じている人はいます。

エッチ=意識が別の世界に飛ぶこと

「エッチ=生きているという実感を味わう行為」ではなく、「エッチ=意識が別の世界に飛ぶこと」と捉えている人の中にも、簡単にセフレになる人がいます。とくに女子は「イクこと=意識が軽く<飛んじゃう>こと(お薬で飛ぶのではなくて)」と捉えている人が多いみたいで!「イク感覚=ジェットコースターが急降下する感じ」なんて言う女子もいるくらいだから。

彼・彼女は、自分の人生に絶望するにいたる過程のなかで、「人ってなにも生きていなくてもいいのではないか=でも実際にあの世に行く気はない=ではエッチでもして軽く<あっちの世界に飛ぶ>感覚を味わおう」という思いを持つようになったのです。だからすぐセフレになることになんの抵抗感もないどころか、「自分の望みを叶えてくれる人=セフレ」と思って、セフレがいる自分を誇りに思っていたりするのです。

絶望を感じているということは、投げやりに生きているというのと同義だから、彼・彼女はセフレと何回もエッチを繰り返します。そのような中で性癖が育まれ、セフレとその性癖を満たしあうかのごとく、大汗をかきつつセックスを楽しみ、セックスがクセになる人もいます。

絶望から解放される瞬間

このようなことは、おそらく心理学も言っているのかもしれないけれど、僕は哲学者に教わりました。心理学って科学だから、「実験ありき」なところがあります。どれくらい絶望した人が、どのようなセックスをするのか?という実験や調査は、ちょっとやりづらいのか、心理学が絶望とセックスの関係をあきらかにした、ということを書いてある本を、僕は目にしたことがありません。きっと探せばあると思うのだけれど。

哲学の分野においては、ニーチェやキルケゴールなど、わりと世界的にメジャーな人が、絶望について、いやというほど考えてきました。彼らが考えたことは本になっており、今でも世界中で読み継がれています。

たとえばキルケゴールという哲学者は、自分が自分の本来の姿を見失った状態を絶望と定義しました。そしてそれは、人格の死を意味すると言いました。

彼はまた、「自分がこれをしたい!と思えるものを持たないと、人は絶望から解放されることはない」と言いました。

「旦那と子どもがいればそれで幸せ」

でも思うんですが、若い頃セフレとせっせとエッチしてきた女子であっても、30歳くらいで適当な人と結婚して、立派なお母さんになって「絶望?若い頃は感じていたかもしれないけど、今は絶望なんて感じたことがない。今は子育てに忙しいし、旦那と子どもがいたらそれで幸せ」と言ったりします。

だから、絶望とは、心から愛する人がいてくれたら、簡単に消えてくれる感情のことではないか、と思います。

ちなみにキルケゴールは、死ぬまで愛に飢えていました。好きな女性がほかの男と結婚しているのを知りながら、彼女に片思いしていたのです。

そういう人の哲学は、文字通り絶望的です。現実世界で裸になって、「愛もどき」でもいいので、人の体温を感じることができると、また考え方が前向きになることだってあるからです。それを「刹那的」と呼ぶ人もいるけれど、その刹那を繰り返すことで、人は何かを学びとり、「旦那と子どもがいればそれで幸せ」と言えるようになることだってあるのだから。

簡単にセフレになってしまう人とは、自分の人生に軽く絶望している人であり、かつ、その絶望をどうにかしようと必死になってもがいている人です。

(ひとみしょう/作家)

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