1. トップ
  2. 孤児と母親と『嵐が丘』──リリー・コールが映画監督デビュー。

孤児と母親と『嵐が丘』──リリー・コールが映画監督デビュー。

  • 2018.8.13
  • 1911 views


孤児と母親と『嵐が丘』──リリー・コールが映画監督デビュー。
2018.08.13 17:00
『嵐が丘』作者のエミリー・ブロンテ生誕200周年を記念して、『Balls』と題された映画が制作された。メガホンをとったのは、スーパーモデルで女優、社会起業家のリリー・コール。自身が手がける初のフィクション映画で、モデル界きっての才女が伝えたかったメッセージとは?


昨年、ポルトガル人起業家との間に第一子を出産したモデルで女優、ソーシャルアントレプレナーのリリー・コールが、エミリー・ブロンテの処女作『嵐が丘』の冷酷無残な主人公、ヒースクリフの幼少期に着想を得た作品で、映画監督デビューを果たした。本作は、エミリー・ブロンテ生誕200年を祝うプロジェクトの一環として、ブロンテ協会の2018年度クリエイティブディレクターを務めるリリーに依頼されたものだ。


ヒースクリフはその倒錯的人格から、議論の的になってきたキャラクターだ。リリー自身、10代で『嵐が丘』に出合った際は、その奇異性ゆえに魅力を感じたというが、繰り返し読むほどにヒースクリフを嫌悪するようになっていったと打ち明ける。しかしリリーが描きたかったのは、その歪んだ人格を形成するに至った背景──幼児期に親に捨てられ、リバプールの路上で拾われた──を、史実を織り交ぜながら掘り下げることだった。


「母親として、自分の子どもを手放すことなど想像できなかった。でも、ブロンテの生きた19世紀、そしてヒースクリフが生きたとされる18世紀のイギリスでは、実際に、何千もの赤ちゃんがさまざまな理由で孤児院に捨てられていた。この事実をさらに追求するために、『Balls』を監督することを決めたの」

「貧困や傷心、放棄、強姦……。そこには、女性たちの絶望的な物語があった」


タイトルとなった『Balls』とは、18世紀のイギリスの孤児院で実際に用いられていた、赤ちゃん受け入れの可否を決めるボールくじの制度を暗示している。白いボールは受け入れを意味し、黒は拒否、赤であれば、健康状態の悪い赤ちゃんのみ受け入れる、という、超現実的なシステムだった。リリーは、本作制作のため、1739年に創設されたイギリスの孤児院を訪れ、そこに併設された博物館で、当時の資料を読み漁ったそうだ。


「資料には、当時の女性たちの生活が、彼女たち自らの視点や知人たちの証言からつぶさに記録されていた。膨大な資料をめくるたびに、貧困は傷心、放棄、強姦など、赤ちゃんを捨てざるを得なかった女性たちの絶望的なストーリーが現れるの。同じ母親として、とても感情的にならざるを得なかった」

「暗く遠い過去の話としてではなく、現在の言葉で語りたかった」


しかし、単なる歴史の描写に留めたくなかったリリーは、本作の舞台を現代に設定することを望んだ。ダイバーシティやインクルーシビティが叫ばれ、#MeToo運動に揺れる現代に。


「エミリー・ブロンテが生きた時代や『嵐が丘』に反映された壮絶な世界に触れ、認識するのは重要なことだと思った。けれど、暗く遠い過去の話として描くよりも、現在の言葉でストーリーを語った方が、観客の心に訴えられると考えたの。これらは私たち皆の歴史で、真実よ」

「女性や子どもに対する現代社会の大きな進歩を実感した」


実はリリーがブロンテ協会のクリエイティブディレクターに就任した時、まさに時代と逆行するような事件が起きた。ブロンテ研究者で作家のニック・ホーランドが、(たとえリリーが名門ケンブリッジ大学を卒業していようと)「スーパーモデルに務まるわけがない」と怒りを露わにし、ブロンテ協会を辞めてしまったのだ。この一件は、瞬く間に協会関係者やブロンテ・コミュニティを超えて、大きな物議を呼んだ。世界の反応にとても驚いたと振り返りながらも、リリーはあくまで前向きだ。


「一度に複数の仕事に携わることが当たり前になりつつある時代において、とても時代錯誤だと感じたわ。でもそれはホーランドだけじゃない。私がツイッターで政治的なことに言及すると、『モデルが政治を語れるのか?』と揶揄してくる人たちがいるくらいだから。けれど、本作を監督したことで、私たちの社会が、女性や子どもの扱い方においてどれほど進歩したかを実感したし、最終的には、とてもポジティブに感じられた。もちろん、まだ解決されるべき問題は山積しているけれど」

Text: Ellen Burney Editor: Maya Nago

元記事で読む
の記事をもっとみる