ラブバージン【自由が丘恋物語 〜winter version〜 第20話】

桃香は、ボーカルレッスンで課題曲の恋の歌を歌うとき、ふたりの彼のことを思いながら声を出した。

はがゆい気持ち、切ない気持ちがクルクルと渦を巻いて空へ空へあがってゆく。立ちすくむ桃香は息もできないほど苦しい。胸の中で何かが暴れている。歌詞をひと言声にすると息が熱い。声が熱い。歌い終わるとカオル先生が、興奮したように言った。

「桃香ちゃん、変わったわ。また歌い方が変わってきたわ。音は、ずれたところがあるけど、恋に翻弄されてる女性の気持ちがしっかり歌に入り込んでた。最近嬉しくなったり、ブルーになったり、気持ちの揺れが激しいでしょ。心が年取るとそういう恋はできないけど、桃香ちゃんはラブバージンだから、純粋さが歌に出る。壊れそうなガラスみたいでいい感じよ。」

「え、そうですか。でもラブバージンって…」

桃香は恥ずかしそうにうつむく。

「楽しいことや悲しいことは歌を聴けばわかるって、前に言ったでしょ。歌は喉で歌うものじゃなくてここから絞り出される物だから」

とカオル先生は胸をトントンと手のひらで叩いた。桃香は自分の手のひらを胸にゆっくりあてた。カオル先生の大人の部分にちょっぴり近づいた気がする。

その夜、慎吾からメールが届いた。

「今度の日曜日、バイト休みなんだ。よかったらランチ行かない? フットサル誘ってもらったお礼がしたいから。あ、店は自由が丘で。ナポリタンが美味しい和風の店、見つけた。和風ってとこが落としどこ。Shingo」

とまどった。ふたりきりで会って長い時間を一緒に過ごすと、慎吾は自分に気持ちを寄せることはわかっていた。桃香も慎吾のことはずっと大切にしたい。そばにいないと崩れそうな危うさが慎吾にはある。

冬馬の思いに答えるべきか、慎吾と寄り添い続けるのか。キッチンに置いてあるピンクペッパーの小瓶。きれいな色をしている。自分が慎吾にスパイスを振りかけたのは、よかったんだろうかと思った。

(続く)

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(二松まゆみ)

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