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湯たんぽみたいな人【自由が丘恋物語 〜winter version〜 第19話】

  • 2015.2.25
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「気になる人? うん…まあ」

「同級生のカレかあ。キャプテンね。告られた? どんな人だっけ」

「久しぶりに会ったら高校の時よりずっとたくましくなっててね。デザイン事務所で働いてて、デザイナーの卵やってる。フットサルの時もリーダーシップ満点だし」

鮎子はホっと息を吐いて視線をそらした。

「そうかあ、しょうがないな。慎吾にはライバルは手強いって言っとくわ」

鮎子はさらっと答えたが、内心は気になっている。

「あのね、歌。恋や愛の歌、歌ってるけど、現実に好きだって言われると、なんて言うか、歌の世界とリンクして、ポーってなっちゃう」

鮎子は頷くように聞いている。

「ま、桃香は歌やってるぶん、感度高いでしょ。うちらよりずーっと。好きって言われて気分がよくなるのは女子の王道だからね。よかったね」

「仕事、戻ろう、おこられちゃう」

短いティータイム。桃香は慎吾が宙ぶらりんになりそうな不安を覚えた。あの日から、冬馬の言葉が耳の奥で何度も繰り返されている。

「俺、昔からお前のこと好きだから。今でもな」

高校の頃はただの友達と思っていた冬馬が、たくましい大人の男になって現れた。時の流れは人を変える。外見も考え方も恋愛観も。

仕事中、冬馬から飲みに行こうと誘いのメールが入った。すぐにOKした。なぜか冬馬とたくさん話をしたいと思う。仕事の愚痴や歌手になる夢を聞いて欲しいと。

歌入れのバイトのあと、桃香は冬馬が待つ品川のカフェダイニングに向かった。顔を突き合わせて話をするのは久しぶりのことだった。

「のどカラカラだよう。まずジンジャーエール!」

桃香は明るく切り出した。慎吾やフットサルのことはまったく話さず、高校時代の友達の今の様子ばかりを語り合う。小川が居酒屋の雇われ店長になってテンパってること、喧嘩ばかりしてた三瀬と佐野がくっついたこと。ふたりともが無意識にそんな話題を選んでいた。

単純に楽しい時間が流れる。桃香は肩にしょっていたコリのようなものが冬馬の存在でほぐされて、とれるような感じがした。慎吾といると自分がしっかりしなくちゃ、リードしなくちゃとやけに頑張ってしまう。等身大の自分よりちょっと大人のふりをする自分が出てくる。冬馬のまでは素直に弱いところを見せることができる。

「冬馬って湯たんぽみたいな人だね」

「は?」

冬馬が首をかしげる。

「どういう意味だよ」

桃香は自分の肩を撫でながら

「なーんか、このへんが楽になった気がする…」

とおどけた。

「肩こりか? 揉んでやるよ。俺、習ったんだよ。スポーツマッサージってやつ。肉離れの選手にしてやるんだ」

「いいよ。今時はさ、肩揉んでやるってセクハラおやじって言われるんだよ」

「うわっ。あぶねえー」

冬馬がおどけてテーブルの上に倒れるまねをする。桃香はおもいっきり大声でケラケラ笑った。カフェを出て駅まで歩く遊歩道、冬馬がふざけたように桃香の背中にもたれかかった。

「ああ、疲れた、そういや、昨日あんま寝てなかったんだ。ドっと疲れが出た」

心地よい重み、懐かしい香り。桃香の心が揺差ぶられる。その時、冬馬が前に立ちふさがり、突然キスをした。唇が触れただけの短いキス。桃香は驚いて立ちすくむ。

「はい、駅に着きましたよ、お別れですね、また会いましょう、お姫様」

冬馬がふさけたようにお辞儀をする。桃香はその様子をまっすぐ見つめた。

冬馬にキスをされた夜、熱いお風呂につかりながら考えた。当時の桃香にとって冬馬は恋の対象ではなかったけれど、今は考えるだけでドキドキする。慎吾と一緒にいる時とは違う、甘苦しいくすぐったい気分。

慎吾といっしょの時は、桃香がついていないとダメ、ひとりじゃ危ない、なんだか守ってあげたい気持ちになる。ひとりでほおっておけない。冬馬は逆に一緒にいると落ち着く。守ってもらえそうな気持ちになる。自分が弱っているとき頼ってしまいたい感じが慎吾とは正反対だ。

ジャスミンの香りのお湯に顔半分を潜らせブクブクと泡を吹いてみる。ほっくりした気分。幸せだ。冬馬に抱きしめられた身体を手のひらで撫でる。冬馬に触れられるなんて恥ずかしい、そう思ったとき、ふと、鮎子の心配そうな顔が泡のようにに浮かんでくる。

「わたし、何やってんだ? 慎ちゃんのこと好きなんじゃなかったのかな…」

「桃香ー。早くあがって寝なさいよ。先に寝るわよ」

母の声がした。桃香は頭をブルルと振って

「はあい。おやすみー」と返した。

(続く)

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(二松まゆみ)

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