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マヨネーズと反抗心【彼氏の顔が覚えられません 第13話】

  • 2015.2.5
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子豚ちゃんの朝食風景。もひもひ。口の中いっぱいにキャベツサダラを詰め込む。ほっぺたがぱんぱんに膨らんで、見る人によってはこういうの“かわいい”って思うんだろうなって思う。

「おいしーよ。イズミ、料理得意なんだね」

もぐもぐしながらお行儀悪く、子豚ちゃんは言う。ただ野菜を切って市販のドレッシングをかけただけのサラダを褒めるなんて、よっぽど媚び売りたいの? それともバカなの? と思う。

「お味噌汁も作ったけど、いる?」

尋ねながら、すでに「ほしい」という回答を想定して、立ち上がりかけている。

「あ、ううん、いらない」

と、意外な回答に動きを止める。彼女の方を見ながら「え、いらない?」なんて言ってしまったりする。

「うん…お茶ももらってるし。水分とりすぎたくないの。水膨れしちゃうから」

…。

「そう」

言って、座りながら彼女のセリフを反芻する。お茶ももらってるし、水分とりすぎたくない。ふむ、なるほど。で、その理由がなに。水膨れしたくないから? 水膨れって。水分取りすぎると、膨れちゃうってこと? 体が? お茶に味噌汁を追加したくらいで、なるもんなのそれは?

いろいろ突っ込みたい気持ちがわいた。でも、口にはしなかった。そもそも、欲しいかどうか訊いたのは自分だ。自分で飲むために作ったもので、彼女に強要するつもりもなかった。いらないならいらないで、べつに問題はない。

「あ、そうだ」

と、思い出したように子豚ちゃんは言う。

「マヨネーズない?」

マヨネーズ。彼女に出した朝食を見る。キャベツサラダにはドレッシングがかかっている。目玉焼きには醤油が、ウインナーにはケチャップがかかっているし、白いご飯には納豆が載っている。これのどこに、マヨネーズが入る余地があると言うのか。

疑問を持ちながらも、立ち上がり、冷蔵庫にマヨネーズを取りに向かう。「ありがとー」という彼女の声を背中で聞きながら。彼女に従わされてる。いや、ちがう。この感覚はそうじゃなくて…。

「はい、マヨネーズ」

「ごめんねー」

謝罪の言葉を口にしながら、ぜんぜん悪びれた様子もなく、子豚ちゃんはマヨネーズを受け取る。ふたを開け、あろうことかご飯の上にかける。納豆がすでに載ったご飯の上に。ぐりぐりぐり、と3、4回ほどマヨネーズの円を描く。

「こうすると、おいしいんだよー」

そう言って、グーにした手で槍のように箸を持ち、茶碗の中身をかきまぜ始める。ぐーりぐりぐり。その様子に思わず目を背けつつ、なんとか堪えようとする。嗜好の違いだ、べつに嫌悪したり、腹を立てたりすることではないはずだ。アニメでも、なんかこんな風にして食べているキャラクターいたし。

そう考えながら、黙っている。なにも言えない。口を開くことさえ、億劫になっている。そう、言ったところで何も変わりはしないだろうと諦めの気持ちがわいてしまっている。ただただ、面倒くさい。今、この子に対してそんな感情を抱いてしまっている。

「お、初売りかー。ねぇねぇ、イズミ、一緒に行かない? 新宿とか」

いつのまに点けたのか、テレビから流れるCMを見て子豚ちゃんが言う。

「ムリ、忙しいから。ご飯食べたら帰って」

そのときになって初めて、彼女をにらみつけ、言う。ありったけの反抗心を示す。言った後で、さすがに怒っていることが伝わりすぎかと少し後悔。

「…どうしたのイズミ、そんなに目を細めて…あ、そうか眠いんだね。ごめんねー、きのうあんま寝れなかったんだねー。わかった、すぐ帰るね」

伝わらなかった。

人の顔がわからない私には、怒った顔のつくりかたすらわかりません。

(つづく)

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(平原 学)

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