明日の神話と伊勢うどん【彼氏の顔が覚えられません 第11話】
待ち合わせの場所へ、3時までに着くのは余裕だった。メイクに何十分と時間かける子もいるけど、私は顔なんてわからないから手短に済ませるし。「って、単にズボラな性格まで病気のせいにしちゃだめよ」私の脳内ユイがしゃべる。ちょっと黙ってて。
京王井の頭線とJR山手線、それぞれの渋谷駅の間の連絡通路。岡本太郎の『明日の神話』が飾られている。私が渋谷で指定する待ち合わせ場所は、ハチ公前でもモヤイ像前でもなく、いつもそこだ。
カズヤは、今日は新しい年にちなんだものをつけてくるって言ってた。なんだろう、干支のかぶりものでもしてくんのかな。あ、例えば今、目の前を通り過ぎた馬のマスクみたいな。ドンキとかでよく売ってるやつ。新年早々、変な人いるな。カズヤもあんなだったら、ちょっとイヤだな。
…って思ったら、馬マスクの人、こっちを振り返ってすたすた歩いてきて。え、何? 目が合ったから? えっ? 一瞬、パニックになりかけると、
「あけおめー、イズミ」
…え。この声、まさか。
「どう? 目立つだろ、このマスク」
「カズヤなの!? 目立ちすぎ! って、なんで馬?」
「や、だから干支のかぶりものだろ」
「それ、去年でしょ。今年は羊よっ!」
「だって、羊のかぶりものって持ってないし。まぁ、馬も干支の一種には変わんねぇじゃん」
やっぱテキトーだ。カズヤってば、すごくテキトー。
「もうっ、恥ずかしいからさっさと脱いでっ。早くしまってっ」
カズヤの頭から半ば強引に、引っこ抜くようにして馬のマスクを取る。ちょっと手間取って、「イテテテッ」なんて言われたけど、カズヤから脱げたでっかい馬のマスクはベロンと垂れた。折り畳んで、カズヤのトートバッグにつっこむ。
今のやりとり、大勢の人通りの中で相当恥ずかしかったけど、キョロキョロしてみても、周りは大して私たちに目もくれない。さっさと思い思いの方向へ歩いていく。
こういうときって、都会のスルースキルの高さ、ハンパない。『明日の神話』の中央で踊るガイコツだけが、唯一私たちを見下ろして笑っているように見えた。普通の人間の表情なんてわかんないクセに、こんなときばっかりなぜかそう感じてしまう。
私たちは、とりあえずその場を離れる。
「お腹空いてないか?」
「あ、うん…ちょっとお昼食べ損ねちゃって。カズヤも?」
「おう、小腹が空いた程度だけど。うどんとか、どうかな。ちょうど年明けだし」
「年明けって、うどん食べるの?」
「なんか、そういうの聞いたことある。ヒカリエに伊勢うどんの店があったはず」
「ヒカリエ、高くない?」
「新年だし景気よくいこうよ。前から一度食べてみたかったし」
「前って、いつ?」
「去年かな。たまたま読んだネットの記事に出ててさ」
「あ、もしかしてカズヤがLINEでつぶやいてたやつ? おとといくらいじゃない? 去年、って」
「年明けるまえだから、去年だよ」
と、またテキトーな会話を続けながら移動する。「なんだかカップルというより漫才コンビみたい」と脳内ユイ。いいんだよ、たぶんそういうのが私たちの付き合い方なんだと思う。
焦んなくていい。きっと今日が、二人の忘れられない日になるはず。そう信じてる。
(つづく)
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(平原 学)
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