霧のかかった心【自由が丘恋物語 〜winter version〜 第8話】

慎吾からすぐには返事がなかった。

慎吾は、サッカーに関係する事象を自分の中で封印したかったし、実際3年間はそうしてきたのだ。思い出すと胸が苦しくなる。それでも思い出さずにはいられない。ボールを蹴った時、足首にボールが一瞬吸い付いてピタっと止まる。

手の先から足の先から背骨から、どこからともなく湧いて出てくる力すべてがボールに向かって集まってくる。そしてターゲットを定めて豪速球と化したボールがゴールを割って入る。視線はボール追いかける。視線にも念を込める。

「飛べ。俺の定めたターゲットに向かって」と。

そしてネットが揺れた時の無性にスカっとする感覚。仲間にナイスパスを出すと全身で受け止めてもらえる嬉しさ。信頼感。ゴールを決めると、今までの苦しかったすべてのことが一気に帳消しになるかのような爽快気分。

でも今の自分は左足が思うように動かない。医師は運動をしていいと言うが、フットサルとはいえ走ったり蹴ったりは自信がない。自分の思い通りに足が動かないもどかしさにいらだつのではないか。仲間からあわれれみの目を向けられるのではないか。大好きな桃香の問いにどう答えればいい? 慎吾の胸の中を霧がかかったような不透明感が襲った。

1週間後、桃香は自由が丘の学園通りをブラブラしながらバイトを終えて出て来る慎吾を待っていた。ヘッドホンからは流行りのアメリカンポップス曲が流れて来る。肩を揺らしながらリズムを取った。通りには冬物の雑貨が色とりどりに並んでいた。

店の前の棚に積まれた薔薇の香りのソープ。女の子なら誰しも欲しくなるフルーツのイラストをあしらったハンドクリーム。チューリップの花の形をしたリップクリーム。今夜から部屋に置きたくなるようなアロマポット。

女の子の胸をくすぐるキューティーグッズが盛りだくさん。流行遅れかなと思えるようなチュニックも見たことない派手なプリント柄だとついハンガーごと自分の肩に当ててみたくなる。秋も冬も自由が丘はカラフルで楽しい。

知らない間に新しいショップが老舗の横に出現している。ちゃっかりできてしまいました、というような唐突な出店が面白い。桃香が中学の頃からある店と最近オープンした店、英語とフランス語がカタカナで書いてある看板が楽しげに連なっているところもガオカならではだ。

そんなことを考えていると慎吾のバイト先に着いた。店の前のサングラス屋のウインドウを覗き込みながら新曲を半分聞いた頃、慎吾がバイトを終え、ヌっと出て来た。髪の毛がボサっとしていて寝起きの小学生のようだ。桃香はヘッドホンをはずした。

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(続く)【恋愛小説『自由が丘恋物語 〜winter version〜』は、毎週火曜日配信】

(二松まゆみ)

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