1. トップ
  2. ファッション
  3. 『VOGUE JAPAN』12月号、編集長からの手紙。

『VOGUE JAPAN』12月号、編集長からの手紙。

  • 2017.10.31
  • 799 views

ダークブルーに溢れていたディオール 2017-18AWコレクションより。 Photo: Getty Images
【さらに写真を見る】『VOGUE JAPAN』12月号、編集長からの手紙。

ダークサイドへの旅は、非日常への心のドレスアップ。

今年春のパリコレクション中に、ショーの前日、準備が行われているディオール・メゾンを訪れました。ディオール(DIOR)の2017年秋冬コレクションのランスルー(モデルに実際の服を着せて最終チェックする)を見学するためです。リラックスした雰囲気で現れたウィメンズのアーティスティック ディレクター、マリア・グラツィア・キウリ自身が、制作の元になったイメージを集めたムードボードや翌日発表されるルックを手にしながら最新コレクションの解説をしてくれました。

そこに展開されていたのは、深く華麗な表情を見せる「ダークブルー」の世界。ウールからシルクタフタ、オーガンジーなど多種多様な素材に表現された「濃紺」。その色はムッシュ・ディオールが愛した、メゾンにとって重要な色であると彼女は語ります。それらのブルーの上には時折、やはりムッシュが愛したタロット・モチーフの刺繍がほどこされ、ロマンティックなムードをさらに高めていました。

「本当の黒に描きたいとき、モノクロ映画では濃紺の服を使う」という話を昔読んだ覚えがあります。どういう科学的効果なのかは定かではありませんが、深いブルーがもつ豊かな濃淡が光の作用により、黒よりも深い闇の表情を表現できるのかもしれません。

私は、夕闇が漆黒の夜に変化する直前に一瞬現れるディープブルーの空の色が大好きです。それは、闇の世界への入り口であり、神秘的別世界へ人々を迎え入れる華やかなる影のページェント。闇は不安や怖さも感じさせるものなのに、なぜかワクワクしてしまうあの瞬間……。

今月号では、そんな「闇=ダークネス」の魅力にファッションからカルチャー、食まで幅広く迫ってみました。日常の着こなしも、ダークなニュアンスをプラスするだけでぐっと大人な雰囲気になるから不思議(p.091)。ドレスアップにはヴィランズ(悪役)をお手本にしてみるのも上級者の技です(p.118)。

『リトルマーメイド』のアースラや『眠れる森の美女』のマレフィセントなどディズニー映画に登場するヴィランズは、主役のプリンセスたちに勝るとも劣らない魅力で作品を盛り上げます。ヴィランズから目が離せないのは、彼女たちの、欲望に忠実な強烈な個性と華やかな存在感が際立っているからでしょう。それは、ダークサイドからの魅惑の招待状。「いい子」なだけでは、世界が物足りないのです。

では、なぜ私たちはダークサイドに惹きつけられるのでしょうか。非日常的な禁忌を伴う闇の世界をあれやこれやと覗いてみるのはときに甘く、心がざわつく行為で、私たちはその誘惑を完全に拒否することができません。だからこそ、アートや映画、絵本などで、「美」として表現された闇や恐怖を常に必要とするのでしょう。

そんなダークファンタジーな作品を紹介した特集(p.112)で、解説をお願いしたキュレターの木村絵理子さんは、こう語っています。「現代のカルチャーに通じるダークファンタジーの世界観が世の中に隆盛を極めるようになったのは、18世紀後半以降のこと」であり、産業革命によって「工業化と合理化が進む一方、人々は合理主義や理性だけでは割り切ることができない、より人間的な感性と想像力の世界を希求した」と。

あの誰でもが知る『フランケンシュタイン』がメアリー・シェリーによって成就されたのも19世紀の初頭。私のお気に入りの私的ダークファンタジーのひとつは、見知らぬ暗い森の小さな泉にたどり着くと、フランケンシュタインの怪物が現れて小さな花を一輪手渡してくれること(映画『ミツバチのささやき』のワンシーンです)。そのとき私がまとっているのは、闇に沈み込むようなダークブルーのベルベットドレスがいいですね……。

第二の産業革命とも言われるIT革命が加速する現代、私たちの無意識はさらなる新たなダークファンタジーを求め続けているのかもしれません。どんなファンタジーに浸るのかは、すなわち私たちの存在そのものを表しているとも言えるでしょう。それは終わりのないダークサイドへの旅(『スター・ウォーズ』が終わらない、あるいは終わってほしくないのは、そんな理由があるのかも)。最後に、ジーン・クレールの言葉をお伝えします。「闇との対決は人にとって最も大きな試練ではあるが、心に抱える闇がなければ、個人そのものもまた存在しなくなってしまうのだ」(p.110)。
参照元:VOGUE JAPAN

の記事をもっとみる