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おみくじと朝マック【彼氏の顔が覚えられません 第9話】

  • 2015.1.8
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先輩の部屋のシャワーを貸してもらったあと、朝食まで用意してもらって。

「おせちとかお雑煮とか用意できなくてごめんね~」

「いえ、普段カップラーメンなんて朝食に食べたりしないんで、すごく新鮮です」

なんて会話する。

「じゃあ、その…初詣、でも行く?」

麺をすすってる間、ふと先輩が言ったことに「いいれすよ」と、もごもご返事をし、近所の小さな神社に行くことになった。

この時期、東京の神社はどこも人だらけと思ってたけど、たどりついた神社は、鳥居をくぐればすぐお賽銭箱というほどの小ささで、元旦だというのに参拝客はいなかった。

「既にピーク過ぎちゃってんのかな」

「たぶん私たちが一番乗りなんですよ」

二人それぞれお賽銭を投げる。お賽銭箱の隣には一応おみくじの箱もあって、引いてみると、私も先輩も大吉だった。

「いいかげんだな、この結果」

「いや、これで当たってるんですよ。元気出しましょう」

そのセリフに、先輩は「うぉーっ、ありがとうイズミちゃん、ええ子やーっ」って言いながら、私をぎゅっと抱きしめる。

「え、ちょ、お酒くさいんでやめてください」

「あ…ごめん、つい感極まっちゃって…」

すぐにパッと離れる。びっくりした。

それから部屋へ荷物を取りに戻って、「じゃあ、いつまでも落ち込んでないで、早く新しい彼女見つけてくださいね」って言って。「うん、俺、がんばるよっ」っていう、ちょっとは元気出してくれたような声を聞いた。

「あ、イズミちゃんも、カズヤと仲良くね」

ついでにそんな言葉を付け足される。「当たり前じゃないですかっ」そう返して玄関の扉を閉め、駅に向かった。

電車に揺られながら、「年末年始の運行について」と書かれた中吊りが目に入る。初めて内容をよく読んで、昨夜早々に帰った二人のウソに気づく。けど、べつに腹は立たなかった。おかげで私も自分の正直な気持ちに気づくことができた気がする。

私とカズヤの未来について考えてみたとき、ぜんぜん先が見えないな、なんてネガティブな気持ちになっていた。ユイに相談したら、「先の見える恋愛ほどツマンナイものってないんじゃない?」って慰められたりもして。

ファーストキスのあと、私たちの恋は進展しただろうか。あのクリスマス夜、ネカフェで一晩過ごしただけで、夜が明けたら「朝マック」を食べに行って。値段相応の小さなマフィンが意外に二人とも初めてで、なんだか妙に感動して。そのあと各自、別々の授業の教室へと別れた。

「なんかそれ、カップルって言うより若年ホームレス? ロマンチックのかけらもない」

ユイに言われた言葉、日記にもいちいちメモってる。彼女の感覚が世間一般のと同じとは言い難いけど、少なくとも私のズレよりひどくはないと思う。カズヤとよりも、彼女との関係の方が親密になっていた。おとといユイが地元に帰るときも、新宿のバスターミナルまで見送りに行ったほどだ。

私は本当にカズヤのことが好きなんだろうか。ひょっとして、単に恋に恋してるだけなのかもしれないって、何度も思った。顔すら覚えられないのに、なんでそれを「好き」だなんて言えるのかって。

けれど先輩から抱きしめられたとき、びっくりはしたけど、ドキドキもなかったし、実際ニオイもクサかった。やっぱカズヤじゃなきゃだめなんだな、って。そう確信した。

ふとケータイが鳴る。見ると、さっき別れた先輩から。LINEに自撮り写真が貼られてて、「これやったの、イズミちゃん? わああぁんっ、ひどいよー!」。口の周りに描いてやったカールおじさんみたいな髭のことだろう。この間のクリスマス、カズヤにされた分のお返しだ。今ごろ気づいたのか。

「よかったですね、誰にも見られなくて。やっぱり大吉は当たりでしたね!」

そう返事を送った。

(つづく)

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(平原 学)

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