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「読書する」感覚を描く、江國香織の最新作。

  • 2017.6.9
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現実と架空の世界が混ざり合う「読書する」感覚を描く。『なかなか暮れない夏の夕暮れ』

江國香織著 角川春樹事務所刊 ¥1,728

本を読んでいる時には、現実と本の中の世界の境界があいまいになる。開いたページから、ふと目をあげた瞬間、ふと「あれ、ここどこだっけ」と不思議に思うあの感覚が、実に効果的に使われている。『なかなか暮れない夏の夕暮れ』は、江國香織ならではの終わりのない輪舞のような大人たちの群像劇。
主人公の稔は資産家で、本ばかり読んで暮らしている。姉で写真家の雀はドイツ在住。時折、ふらっと帰国する。50を過ぎても、どこか浮世離れしたこの姉弟を軸に、稔の元妻(ただし入籍はしていない)渚と娘の波十、財産管理を任せている税理士の大竹(40過ぎて年若い妻と再婚)、行きつけの小料理屋のさやかとチカ(ふたりパートナーで、稔は店の大家)、稔が子どもを認知した由麻(ただし稔の子どもではない)、シングルマザーで編集者の淳子(稔のかつての同級生)らの日常が描かれていくのだが、そこに稔が読んでいる本の内容が挟み込まれていく。いや、この小説自体、失踪した恋人ゾーヤの行方を追うラースを描いた北欧ミステリーで始まる。国家機密をめぐり、殺し屋が暗躍するストックホルムと、赤飯をお茶漬けにする時は緑茶と麦茶のどちらが好みかという日本が地続きで語られるおもしろさ。 途中から稔は別のクライムノベルを読み始めるのだが、ダイジェスト版ながらどちらも読ませる。
大人たちの複雑な事情も、ドラマティックな架空の世界の前では大したことじゃない気さえしてくる。大人になったら当たり前に受け入れていると思った〈夫婦〉や〈結婚〉という関係も、大人になったいまだからこそかえって疑わしく思えてくる。本を読まない渚は、稔が読書していると自分だけ置き去りにされた気がした。人は同じ場所にいても、別のものを見ている。それを自由と呼ぶか、孤独と呼ぶか。揺れながら生きる大人たちの大人になりきれない本音が浮かびあがる。

文/瀧 晴巳 フリーライター

インタビュー、書評を中心に執筆。上橋菜穂子との共著『物語ること、生きること』ほか多数の語りおろしの構成も手がける。近著に『どこじゃ? かぶきねこさがし かぶきがわかるさがしもの絵本』(ともに講談社刊)。

*『フィガロジャポン』2017年6月号より抜粋

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