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イブの夜と社畜【彼氏の顔が覚えられません 第6話】

  • 2014.12.18
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「よっ」

キャンパス内、スペイン語の授業に向かう途中。目の前に立ちはだかった男性の顔を見つめてる。

黒マジックで、顔にラクガキされてる。口の周りには、カールおじさんみたいなヒゲ。額の方にも、なんか文字。

しらないひとだ。

そう思い、彼の脇を抜けていこうかとしたら、「おい、待てっ」と、手をつかまれた。覚えがある感触。よく聞いたら声も。マジか。

「カズヤ?」

「一応、そのつもり」

歯切れ悪い。でも、カズヤなんだろう。

「なんの冗談?」と、右手の人差し指で顔を指さす私。

「昨日、2年の先輩の家に泊まって…寝てる間にヤラレタ。こうすれば、彼女もちゃんと顔わかるだろって」と、左手の人差し指でほほをかくカズヤ。

だからって…額に「イズミの彼氏」って。恥ずかしい、恥ずかしすぎる。

「教室行く前に落として」

「ムリ。登校前にもがんばって落とそうとしたけど」

頭がクラクラする。

「じゃ、せめて隠して」

カバンから箱詰めのマスクを取り出す。あと確か、ばんそうこうも…あった。幅広で、長方形っぽいやつ2枚。

「おぉ、さんきゅ。イズミって、マメだね」

前日に言ってほしかったこと、こんなタイミングで言われる。

まぁ、マメというか、実際はその逆。ズボラで、なんでも詰めちゃうから。私のカバンはいつも、旅行者みたいにパンパンだ。

「そもそも、なんでイブの夜、私を放ってサークルの飲みとか行くかな」

マスクをし、額にばんそうこうを貼るカズヤに言う。それでもだいぶアレな見た目だけど、少しはマシ。

「しょうがねぇじゃん、付き合いでさ」

会社員みたいな返事。これゼッタイ、社畜になるパターン。なんでこんなの彼氏にしたのか。

「ってか、飲みの後、会いに行く予定だったんだよ。なのに、『ムリ』とかさぁ~。俺もショックだよ」

「だって、いきなり部屋は」

散らかってるし。その言葉を飲み込んで、私は続ける。

「一応、聞くけど。アルコールは?」

「飲んでない。未成年だし」

そんなとこだけマジメかっ。だったら一次会で帰れっ。

そんな会話してるうちに、チャイムが鳴る。「やば、急ごう」と、私の手を取り駆け出すカズヤ。

「お、イズミー」

校舎に入り、廊下でふっくらした女性とすれちがう。

「あ、ユイおはよー」

彼女の隣の女性も、私を見て「おはよう」と言う。マナミかな、たぶん。

「お、カズヤ?」「夫婦仲いいな、ヒューヒュー」

男性たちも声をかけてくる。同じスペイン語クラスの生徒か。たぶん私は、カズヤと付き合ってなきゃ、彼らに声もかけられなかったろう。そう思うと、少しうれしい気もする。

ただ、これから先も私は、彼らの顔を覚えることはないだろう。カズヤの顔を覚えられないのと一緒で。

教室に入る。「Hola」と、先生。その挨拶がなければ、それが先生だとも判断できない。彼はまだ教壇の位置におらず、生徒も全員は席に着いてない。

「Lo siento」律儀に謝る私。授業は、もう始まってる。

(つづく)

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(平原 学)

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