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束縛は愛情表現…いえ、違います。洗脳されてませんか?

  • 2017.5.2
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大人女子になっても束縛されると愛を感じるという人は多くいます。
様々な恋愛を経験してきて、必要とされる喜びを学んだ結果…なのでしょうか。
ただ必要とされることと縛られることとは違います。
愛情を盾に相手を縛ることは洗脳になるのです。結果、生活が支配されていきます。
愛情表現のひとつだというのなら、お互いに縛り合うことを勧めます。それこそが平等な愛の表現です。
ただ、そんな関係はありえないでしょう。

束縛を愛情表現と勘違いしない

相手の生活を縛ることで自分の存在感を大きくすることは支配の最初の一歩です。
行き着くところまで行ってしまえば、相手に依存するだけの関係が生まれます。
それは決して愛ではありません。
ご主人様と下僕の関係であり、支配以外の何物でもありません。

言葉の暴力に屈しない

縛ることの始まりは愛を人質にします。
でも、だんだんと言葉の暴力が出てくることがあります。
傷つけることで依存度をどんどん増していくように仕向けるのです。
根底に愛があると信じている限り、言葉の暴力に勝つことはできません。
自分が悪いと思い込み、相手を信じてしまうのです。

依存していると思ったらすぐ離れる

離れたくないというのは健全な恋人同士の関係であり、依存しているというのはそうではありません。
相手なしでは生きていけないというのは愛情とは違うのです。
洗脳されている可能性があります。そのような関係はすぐに断つ必要があるのです。
どんなに相手が好きでも幸せになることはできませんし、どちらも不幸になるのです。そうならないために離れる必要があります。

束縛されて気持ちいいと思う人もいるでしょう。でも、それは大きな間違いの一歩。
その先には依存の関係が待っています。そこまで進む前に離れる必要があります。
愛はお互いに自立した人たちが育めるものなのです。
依存していてはどちらも幸せになることはできません。寄りかかっていても前に進むことができないからです。
幸せになりたいのなら、そのような関係を解消して精神的に成長する必要があります。

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