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久しぶりの笑顔【自由が丘恋物語 〜winter version〜 第4話】

  • 2014.12.16
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慎吾が桃香をバイト先に誘った? その時の鮎子と母のリアクションはそれこそ漫画チックだった。

鮎子はケーキのいちごをテーブルに落とし、鮎子の母はそそぎかけていた紅茶をソーサーの横にこぼした。そしてふたりで慎吾をじっと見つめて

「今、なんて言ったの? 慎ちゃん…」

と声をそろえた。

慎吾が恥ずかしがって部屋に向かって階段を駆け上がった瞬間、鮎子が堰を切ったように言った。

「桃香、慎吾と友達になってやって。慎吾があの事故以来、あんな言葉言ったの初めてよ。しかも、笑いながら。ねえおかあさん」

「そうね、おどろいたわ。久しぶりに慎ちゃんの笑顔を見たわ」

「鮎子、冗談言わないでよ。まわりがあまり気をつかいすぎるから心を閉ざしちゃったんじゃないの」

鮎子はウンウンと首を縦に振りながら

「たしかにね、サッカーの話題は絶対禁句って思ってた。事故でサッカー選手の夢を断たれたんだもん。それからは、就職関係の話もできなくなっちゃって」

桃香は紅茶をコクンと飲んでテーブルの上に飾ってある小さなスズランの花を指で撫でた。

「試合に出れなくてもサッカー関連の仕事すればって思うんだけどな。スポーツショップに勤めるとか。好きなことと寄り添えていいんじゃないのかなあ。走れないと辛いのかな?」

鮎子は身を乗り出して

「新しい! 新しい意見をありがとう。桃香!」

と叫んだ。

鮎子の母もうれしそうだ。

「そうよね。走れないわけじゃないのよ。ちょっと左足をひきずるけど運動はできるはず。普通の歩き方ができないのが慎ちゃんのコンプレックスになってるかもしれないわ」

「そうだね、その気持ちは本人にしかわかんないよね…」

鮎子もうつむく。

ケーキの上でイチゴがプルンと揺れた。桃香は慎吾のことがとても気になり始めていた。はにかむような表情が桃香の心にソっと入り込んだ。バイトと家のふたつしか世界がないなんてダメだ。夢を事故で邪魔されたからって言って閉じこもってちゃ、感動がない人生になっちゃう。そんな思いが桃香の頭の中をグルグル回る。

「鮎子、私、慎ちゃんとお友達になるね。おせっかいかもしんないけど、慎ちゃんがもっと笑顔になればいいって思うから…」

母が言う。

「桃香ちゃん、ありがと。あの子このままじゃガールフレンドもできないまま青春を終わらせるんじゃないかって心配してたの」

「おかあさん、青春なんて言葉、古いかも」

「あら、テレビドラマでも使ってるじゃない。おかあさんはね、気持ちはいつも青春時代のままよ。今度、自由が丘でランチしましょう。女子会っていうの? やりましょうよ」

3人で笑い合った。慎吾は2階の自分の部屋で何をしているのだろうか。桃香は階段の方にチラっと視線を移した。

(続く)

(二松まゆみ)

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