息子よ、親への感謝の手紙にYouTubeのURLを載せるな【新米ママ歴14年 紫原明子の家族日記 第17話】

息子モーの通う中学の卒業式前日。私とママ友は、仕事の昼休みのわずかな時間を使って、明日の卒業式に着る服を探しに町へ繰り出していた。

「ついに卒業ね。いやー絶対泣いちゃうわあ」と、ママ友が感慨深げに言う。ところが、前日になって慌てて服を探し出すくらいなので私にはあまり実感がなく、「そうかな~」と言うと、ママ友が言う。「だって、幼稚園から一緒だった子たちとついにお別れになるんだよ、悲しいよ!」なるほど、言われてみればそうだな、と思う。

確かに、近所の幼稚園から近所の公立小学校、公中学校へと通ったモーには、最長12年もの間、同じクラスで過ごした友人たちが何人もいる。うちにもよく遊びに来ていたし、町で会えば「ちわっす」とニコニコしながら挨拶してくれる。

気づけばみんな身長180センチ近くになっていて、社会では大人扱いされてもおかしくない。でも、100センチのころから知っている私から見れば、みんないつまでも可愛い子どものままだ。もはや、親戚の子どもみたいな感覚である。ここまで成長を見てきた近所の子たちがバラバラになって、それぞれの新天地に巣立っていくと思うと、確かにちょっと寂しい。……とはいえ、中学を卒業したってモーとの毎日の生活は変わらないし、お別れじゃないわけだし……。

「ところで明日の卒業式、何時に集合か知ってる?」
「そういえば知らない」

情報に疎い母二人。学校から子に配られたプリントが、子から親に届くラインに断絶があるのも最後まで平常運行で、やっぱりいまひとつ実感がわかない。

同じ日の夕方、モーの担任の先生からスマホに着信があった。まさか、最後の最後に何かやらかしたのでは、と冷や冷やしながら電話に出ると、「直前になって申し訳ないんですけど、モーさんは3月生まれでしょ? モーさんが生まれたときの様子や名前の由来、小さい頃どんなお子さんだったかをお伺いしたくて」と担任の先生。

この担任の先生は毎月、お誕生月の子どもの親に簡単なヒアリングをして、こんな風に生まれてきましたよ、という小さな物語を、学級便りに載せてくださるのだ。

先生のこういう心遣いや、さすが国語の先生とお話をするたびに唸らされる美しい言葉遣い、そして同じ女性として、ついうっとり見惚れてしまうほどエレガントな所作。息子共々、全幅の信頼を置いている先生だった。

「そうですねえ、息子は生まれたその日、うまくおっぱいが飲めなくて、お腹をすかせて夜通し泣き続けて……」
「まぁ!そうでしたか。それは大変でしたねえ」

……そうでした、すっかり忘れていたけど大変でした。一晩中抱っこして、病室で揺れ続けて。ようやく生まれてきたわが子の涙ひとつ止めることもできないなんて、私は親失格なんじゃないかと一緒になって泣きたい気持ちになったなあ。

「幼稚園の運動会のかけっこでは、一人だけスキップしちゃって……」
「あらまぁ、昔から大物ですねえ」

……そうだ、スキップしちゃったなあ。小さかったなあ、あのとき。それがこんなに大きくなっちゃって……でも中身は全然変わらないよなあ。

先生の、包み込むように優しい相槌に促されるまま昔話を続けていると、さっきまであんなにクールな気持ちでいたのに、不思議とどんどん胸に熱いものがこみ上げてくる。うっ、これはまずいぞ、落ち着け、落ち着くんだ私、ここはデパートの婦人服売り場だ(まだ服を探していたのである)、ここで取り乱してはいけない、と必死で動揺を沈めようとするものの、やっぱりついに、そのときはきた。

「幼稚園の学芸会のとき、自己紹介のマイクを向けられて……あの子、“ウンコです”って言ったんです。ははは、ウンコってね。昔から本当にお調子者で、体だけは大きくなっても、今と全然変わらないんですよね……ウンコって……ウンコ……ううっっ」。

デパートの婦人服売り場でウンコを連呼しながら咽び泣く女。先生は電話口でエレガントに笑い声をあげている。

「本当にっ……先生には何から何までお世話になりましたっ……息子の良さをわかっていただいて……見守ってくださって……、ちゃんとお礼をお伝えできて本当によかった……」と、鼻をすすりながら言う私に先生が優しく語りかける。

「彼はね、あの人柄で、これからどこにいっても友達が寄ってきます。何にも偏見のない彼の物の見方は、お母さんの家庭教育の賜物ですよ」。

ここで労いの言葉なんてさらなる反則技です先生。涙をポロポロ流しながら、ああ、息子は明日卒業するんだなあ、と思ったのだった。

そうして迎えた卒業式当日。受け付けを済ませた保護者には、式次第とともに、一通の封筒が配られた。封筒には息子の文字で「母へ」と書いてある。

「いやーここで親への手紙!? これもう絶対泣いちゃうじゃん、泣かせにかかってるじゃん! ずるい! 卑怯!」

保護者席に隣り合って座ったママ友が言う。確かにこれは確実に泣かせにかかっている。しかしこちとら昨日からすでに涙腺が緩んでいるのである。この際とことん無抵抗主義。

煮るなり焼くなりどこからでもかかってきなさい。ハンカチを手に覚悟を決めて、いざ厳かに開封の儀。……ところが、そこに書かれた息子からの手紙に、私は目を疑ったのだった。以下、全文である。

母へ/ははへ/ハハへ/motherへ
いかがお過ごしでしょうか。僕は元気です。
本日3月17日を以って中学校を卒業します。
思えばさまざまなことがありました。東京都知事の汚職発覚、某人気タレントの不倫騒動や某有名女優の宗教団体への出家。そしてヒラリー・クリントン大統領候補の敗戦。とても波乱万丈な中学校生活でしたが、とても楽しくもありました。この3年間で僕はたくさんのことを学びました。ついに卒業と思うととても感慨深い気持ちになります。3年間、僕を支えてくれたのは誰あろう母でした。毎日、ありがとうございます。とても感謝しています。
そして最後に、また3年間よろしくお願いいたします(_ _)
たてよみ(嘘)
https://www.youtube.com息子より

お前は年末の週刊誌か何かかと。そして最後の謎のYouTubeトップへの導線は何なんだよと。

卒業式は、爆笑のうちに幕を閉じた。

イラスト:片岡泉
(紫原明子)

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