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ヘチマとシャネル【彼氏の顔が覚えられません 第5話】

  • 2014.12.11
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朝。ラジオから流れるのは、毎年お馴染みの曲。「マライア・キャリーで“恋人たちのクリスマス”。さて、今夜はクリスマスですよ、みなさん! 一年、はやかったぁーっ!」DJが、テンション高めに紹介する。

整理する、記憶を。昨日の日記を書く。そうするのは、いつも朝と決めている。

ユイから借りたDVD。カズヤのメガネ姿。なんとなく思い出した高校時代、野球部のコたちにからかわれたこと。心理学の授業、穴開けパンチ。あと、カズヤからのLINEメッセージ。

なんか、だいぶ偏ってるな。ま、いいか。日記に全部は書けない。大切な出来事の優劣には、個人差がある。

あ、でもこれぐらいは足さなきゃ。実家から届いた封筒。母親の書いた手紙と、1枚の写真。

「私たちの顔、すぐ忘れちゃうだろうから。写真を付けておきます」

四隅に、クレヨン画みたいなかわいいスズランの絵が印刷された便せんには、そう書かれていた。忘れちゃうんじゃなくて、覚えられないんだってば。母親も、私の病気のことがよくわかってないっぽい。

写ってるのは多分、母親とおじさん。こんな写真の顔、がんばって覚えても、また会うときはぜんぜん違う顔してるんだろう、きっと。写真と実物じゃ、私にとってはキュウリとヘチマくらいぜんぜん違うのに。

それに、なんだろうこの顔。ふたりとも目を細めて、口のはしをキュッと上げてる。怒ってる…じゃないよな。笑ってる、っていうんだろう。感情の区別も難しい。

そんな彼らを見てると、ほんとうにこの人たちが自分の家族かどうかも怪しく思える。こんな顔だっけ。そう認めるのもなんか難しくて、私にとって、家族ってなんなのかすらわからなくなってくる。

ただ、物心ついたときから母と他人の区別はできた。足が悪く、しょっちゅう杖をついてたから。そんな母が、女手ひとつで私を育てるのはものすごい苦労だったろう。

母を支えるために、高校出たら私、働かなきゃかもって考えた時期もあった。けど、ちょうどいまから二年くらい前。マッチョの叔父さんが居候しだして、

「ねえちゃんのことは俺が支えるから、イズミちゃんは気にしないで、好きな大学行きなよ」

って言ってくれたから、よし、じゃあ東京行こ、って決めて。

なんで東京かと言えば、出版系の仕事に就きたかったから。とくに、ファッション系。顔がわからないから、コスメとかには興味なかった。服には、やたら興味があった。他の人の数十倍かもしれない。いろんなブランドの新しい服や帽子、バッグなんかを、自分がデザインした雑誌で世に広めていくことが夢。

…なのに、そんな私が服をきれいに片づけられない。ちゃんと、シャネルとかグッチとか、ブランドもの買えたら大事にするから。

そう書いて、日記を締めくくる。そろそろ学校行く時間だ。

ラジオからは、テイラー・スウィフトの“Shake It Off”が流れてる。

(つづく)

(平原 学)

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