トランプ大統領はハリウッドにどう影響? A・ファルハディのアカデミー賞欠席などから考察

アメリカに新大統領が誕生して10日間が過ぎた。各方面で様々な混乱が起きているが、その中でも映画業界、とりわけ俳優たちの行動はとても早い。ちょうど賞シーズン真只中で大勢のオーディエンスの前に出ることが多いのもあるが、賞を獲るような旬の俳優たちが、政治的な色がつくことを恐れず自らの主張をはっきり述べるのはなぜだろう。ハリウッドは、映画界はどこへ向かおうとしているのだろうか。

発端はトランプ大統領就任式直後の週末に行われた「Women's March」だった。ワシントンDCで行われたWMには50万人が集まり、世界中で同時多発的に行われたWMを総合すると480万人もの群衆が人間の基本的尊厳を求めてデモを行った。マドンナ、スカーレット・ヨハンソン、マイケル・ムーアらがスピーチを行い、ナタリー・ポートマン、ジェイクとマギーのギレンホール姉弟、ジュリア・ロバーツ、ジェームズ・フランコらがデモ行進に加わった。これほどまでの面子が路上で声をあげ、自身のSNSを使ってデモ参加を呼びかけたことは今までない。

1月29日に行われた全米映画俳優組合賞の受賞式では、例年にないほど多くの俳優たちが政治的主張を述べた。アシュトン・カッチャーはオープニングで、「全米映画俳優組合のみなさん、テレビを見ているみなさん、そして空港(でデモをしている)のみなさん、あなたがたがアメリカを形作っています。あなたがたを歓迎します」と挨拶した。受賞式が行われているときにもアメリカ中の空港には大統領令に反対する人々のデモが繰り広げられていた。カッチャーの妻ミラ・クニスはソ連政権下のウクライナからアメリカへ移民したこともあり、デモ勃発のニュースを受けて即興でスピーチを変更したのだと思われる。

ドラマ『Veep/ヴィープ』で女性副大統領を演じてコメディ部門女優賞を受賞したジュリア・ルイス=ドレイファスは「私は移民の子供です。私の父はナチ占領下のフランスからアメリカに移民し、私は祖国アメリカを愛しています」とスピーチした。『ムーンライト』で助演男優賞を受賞したマハーシャラ・アリは、「私はイスラム教徒です」と告白し、17年前に改宗した際に牧師である母は彼を責めることなく、いい関係を築き続けていると続けた。「宗教の違いを傍らにおいて、私たちは愛を深めている。違いなんて些細なこと、それほど重要ではない」。

トランプ大統領が1月27日に出した大統領令の中東・アフリカ7カ国出身者の入国禁止令においては、早々にイラン映画『セールスマン』の主演女優タラネ・アリシュスティがツイッターで授賞式欠席を表明した。

「トランプ大統領のイラン人へのビザ廃止令は人種差別です。その令に文化イベントが含まれるか否かを問うまでもなく、抗議として2017年のアカデミー賞受賞式を欠席します」(タラネ・アリシュスティのTwitterより)

アリシュスティが主演している『セールスマン』は、アスガー・ファルハディ監督の最新作で、アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされている。ファルハディ監督は『別離』で2012年のアカデミー賞外国語映画賞を受賞しており、今作でも受賞式のためにロサンゼルスを訪れる予定だった。だが、アリシュスティのツイートの3日後にアカデミー賞欠席を表明している。

『セールスマン』はカンヌ映画祭で脚本賞と主演男優賞をダブル受賞し、アカデミー賞ノミネート発表を受けた27日から北米公開が始まり、全米3館の公開ながら71000ドル(約816万円)の興行成績を収めている。テヘランの学校で文学を教えながら、劇団に所属する夫と妻。劇団でアーサー・ミラーの“セールスマンの死”の上演準備に取り掛かる夫妻にある事件が起きる。舞台が仕上がっていくと共に、事件の真相も紐解かれていく。『セールスマン』は、ファルハディ監督が得意とする、日常に潜むサスペンスを緊迫感が持続する演出で描く作品で、イランの中流階級に蔓延する気分や、生活や文化の面でアメリカの影響を受けずにはいられない状況も浮き彫りにする。

『別離』がアカデミー賞外国語映画賞を受賞したときに世界中を驚かせたイランの新鋭が、5年後にさらに力をつけてアカデミー賞に舞い戻ってきたところだったのに、ファルハディのアカデミー賞不参加は多くの映画ファンを落胆させた。実は、今年の外国語映画賞は、ドイツ映画の『ありがとう、トニ・エルドマン』の下馬評が高く、『セールスマン』はオッズの二番手につけていた。皮肉な話だが、アカデミー賞の本選投票は2月13日から21日までで、その間に特定の諸外国への入国禁止令についてのデモや議論が進むと、『セールスマン』への注目が増し、受賞の可能性も高くなるという見方もある。

アメリカでは、物語の語り部や見せ手である俳優や監督が、自らの政治的主張をはっきりと述べるのはなぜだろう。日本の芸能人やエンターテイメントに従事している者が政治に介入することはほとんどなく、あるとするといきなりタレント議員になるというびっくりな状況が訪れるのみ。アメリカの俳優が政治について発言したからといってすぐに出馬に結びつかないのは、シュワルツェネッガー元知事くらいしかタレント議員がいないことが証明している。それでも彼らが公の場で主張を述べるのは、日本の俳優のようにCMに縛られるタレントではなく、演技や作品を通じて世の中に何かを訴えかける、表現者であるという自覚が強いからだろう。

Women's Marchで力強いスピーチを行ったスカーレット・ヨハンソンには今後、大人の女性の役が舞い込んでくるだろうし、世界中の映画関係者はアスガー・ファルハディ監督の作家性を守るために動くだろう。彼らが役柄や作品を超えて世界に主張を述べることによって、より優れた作品が生まれる土壌が形成される。私たち観客も、その成果となる素晴らしい作品を享受するほかになにができるのか、考えるときなのかもしれない。(小川詩子)

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