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母性とのバランスが大事!? “父性”の必要性と子育てへの生かし方

  • 2016.12.6
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こんにちは。エッセイストでソーシャルヘルス・コラムニストの鈴木かつよしです。

みなさんは、「父性(ふせい) 」という言葉をご存じでしょうか。

筆者のように、かつて医療福祉大学の事務方のコーディネーターとして多くの医師たちと一緒に仕事をしていた者にとっては何度も耳にした言葉ですが、 普通はあまり耳馴染みのない概念ではないかと思います。

父性とは、子育てにおいて父親に期待される性質 のことです。

一般論としては、「母性」が子どもの欲求を無条件に受け入れ包み込んでやる性質であるのに対し、子どもに社会的ルールや忍耐といったものを教える能力や性質 のことを「父性」と呼んでいます。

映画評論家でもある精神科医の樺沢紫苑先生は、著書の『父親はどこへ消えたかー映画で語る現代心理分析ー』で、今のわが国でみられる“いじめ”や“引きこもり”、“草食系男子”といった精神医学的な諸課題がすべて「父性の消失」と深く関わっていると指摘し、今この問題に対処しないと10年後の日本は大変なことになるとの危惧を表明しました。

その一方で、臨床歴40年超のベテラン児童精神科医である佐々木正美先生は、『母性と父性は量的なバランスはさほど問題ではなく、先ずはありったけの母性をもって子どもをありのままに包み込んでやることこそが重要である。先に母性、後から父性という順番こそが大事なのだ』という主旨の自説を展開されています。

今回は子どもをもつすべてのママやパパと一緒に、「父性」というものについて考えてみたいと思います。

●母子家庭にも父性はあり、父子家庭にも母性がある

さて、父性というものについて考えるときに忘れてはいけないことがあります。

それは、父性はけっして男性に固有のものではなく、一方で母性もけっして女性に固有のものではない ということです。

片親でも立派に子どもを育てている家庭が数えきれないくらい存在することが証明しています。母子家庭にも父性はあり、父子家庭にも母性があるということです。

佐々木正美先生は上述したように、母性と父性の量的なバランスはさほどの問題ではないとおっしゃっていますが、それでも『母性が強すぎると甘えん坊で自立できない人間が育ち、父性が強すぎると幼児性と攻撃性が出てくる』と指摘しています。

何事も“すぎる”ことはよくないということですね。

その意味では、シングルマザーやシングルファーザーで立派にお子さんを育てている人は、一人で母性的な役割と父性的な役割を実にバランスよく担われているということだろうと思います。

●現代は母性が強く自立できない子が多いというが、子どもにとって一番大切なのは母性

この母性と父性のバランスについて、現代は母性の方が強く父性が消失しつつあることが非常に問題だと提起をしたのが、冒頭でも紹介した樺沢紫苑先生です。

著書である『父親はどこへ消えたかー映画で語る現代心理分析ー』の中で樺沢先生が一貫して言いたかったことは、『現代は、子どもにとって「乗り越えるべき存在」である父親というものが最初から存在していない時代である』ということです。

そしてそのことが“いじめ”や“引きこもり”といった諸問題と深く関係していると、樺沢先生はおっしゃりたいようです。

一方、同じ精神科医でも児童精神医学が専門の臨床医である佐々木正美先生はまったく逆の見方をしています。

佐々木先生の見方では、現代は「そんなことをしてはいけません」というふうに子どもに厳しく制限をする“父性の強い家庭”が目立つというのです。

そして、子どもが健全に育つためには、「親はどんなことがあっても無条件に自分のことを愛し、守ってくれる」という絶対的な信頼感・安心感こそが大切なのであり、この“無償の愛”を与えることができるのは母性以外にはない 、という見解です。

そこから、『まずは母性で無条件に子どもを愛し、厳しさやルールを教えるのはそのあと』という、佐々木先生独自の「母性愛・父性愛を与える順番の定理」が導き出されたというわけです。

●順番は「母性の愛」から「父性の愛」の順番で

さて、樺沢医師や佐々木医師の見解について考えたうえでわが身を振り返ってみますと、筆者は母親も父親も「父性」が強い家庭で育ったため、少年時代は攻撃性の強い子どもでした。

負けん気が必要以上に強かったため人と軋轢を生むことも多く、今だったら「空気が読めないやつ」として“いじめ”の対象となり登校できなくなっていたのではないでしょうか。

ただ筆者の両親は二人とも、“自分の子どもは何であれかわいい。かわいくてしかたない”といった感じの「母性」も持ち合わせた人間であったため、まずそこから出発して育てられた自分は道を大きくは踏み外さないですんだのではないかという気がするのです。

たしかに樺沢医師が言う通りで、現代は昔のように『巨人の星』の“星一徹”のような父親はまず存在しません。

それが子どもたちの忍耐の足りなさや“引きこもり”につながっているというなら、そういった面はなくはないのかもしれません。

ただ、自分が育った過程を見つめ直すにつけ、とにもかくにも原点に「無条件の母性の愛」があったからこそ、その後に両親から受けた厳しい指導の数々にも決定的に人格を歪められることなくすんだのではないかと思うのです。

その意味で、筆者は佐々木正美先生の意見に共感します。

子どもにはまず何よりも「母性」の愛を無条件に与え、「父性」的な愛をも受け入れられる準備が十分に整ってから社会の規範やルールを教えるというのが、正しい在り方だと思います。

みなさんはいかがお考えになられますでしょうか。

【参考文献】

・『父親はどこへ消えたかー映画で語る現代心理分析ー』樺沢紫苑・著

・『抱きしめよう、わが子のぜんぶー思春期に向けて、いちばん大切なこと~』佐々木正美・著

●ライター/鈴木かつよし(エッセイスト)

●モデル/神山みき(れんくん)

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