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エモノ捜索とテナーボイス 【彼氏の顔が覚えられません 第2話】

  • 2014.11.20
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スタバから出て、ユイは背伸びをしながら、眠そうな声で「じゃあ、男でもつかまえてくるかなー」なんて言った。

「5時から授業じゃないの?」

聞くと、平気で「きょうはサボリ」って返してくる。

「勉強より恋でしょ。残り短いモラトリアムなんだから、恋しなきゃ。イズミに先越されないようにー」

べつに、私は先越したいなんて思ってない。ユイは昔、何人もの男にかじりついては、マズイって言って、平気で吐き捨ててきたそうだ。で、恋人募集中。というか、エモノ捜索中。

私は、カズヤが最初の人。そういうイミでは、ユイの方がぜんぜん先行ってる。ま、私もユイみたいにいろんな男とつきあいたい、とは思わないけど。カズヤさえいてくれればいい。とりあえず、今のところ。

「そう、止めないけど。必修科目でしょ。単位落としたら、ソク留年だよ」

私が言うと、わかってる、ダイジョブダイジョブーって、ユイは言いながら歩き出す。

「四分の三は授業出てればゼッタイ単位取れるからって、マナミが言ってたから。じゃ、オツカレー」

なんて。マナミって、ユイの友達。私も会ったことあるらしいけど、思い出せない。きっと、特徴のない体つきなんだ。やせても、太ってもないだろうし。ユイいわく、顔はすごい美人らしいけど。整ってれば整ってるほど、私にはのっぺらぼうに見える。

紫のニットに、黒のジャケットを羽織って私から離れていくユイも、街の人混みに混ざると、たぶんもう見分けつかなくなる。学校の中じゃ、ふっくらして見分けやすいユイでも、街の中には似たような人、わりといるから。

人混みは私にとって、にごった水中みたい。周りにいるのが誰か、さっぱりわからないし。だんだん、息もできなくなってくる。

「あんた、本気で東京の大学行くの?」

母は、私が上京を決めたときそう言った。私は、ダイジョブダイジョブーって、けっこう楽観的に返した気がする。ついさっきのユイみたいに。

でも、こんなに人酔いするとは。すぐ慣れるって思ってたけど、半年以上過ぎても無理。

それもこれも、私が人の顔が見分けられないせいなのか。シワの数とか、髪の色とか。ヒゲがある・ない、おっぱいがある・ないとかで、なんとなく性別や年齢は判断できるけど。知り合いらしい人とすれ違っても、「いま、シカトしなかった? あたしよ、あたし!」って言われても、「あ、ごめんなさい。顔わかんなくて」って返すしかなくて。

と、こうして学校に向かって歩いてる途中でも、ほら、なんかメガネの男性?(髪が短いし、胸もない)が、こっち見てきて、私が先に「あ、すみません…顔覚えてなくて。どなたでしたっけ」って声かけたら。

「えっ、ちょっと、ウソ。怒ってる? 俺きのう、何か変なメッセージ送ったりしたっけ?」

あ、ウソ。すごい、聞き覚えある声。よく響くテナーボイス。ふだんメガネなんてかけてないのに。

握られた手に伝わる、記憶深いぬくもり。

私の彼氏、カズヤだった。

(つづく)

(平原 学)

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