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ポニーテールと寿司ネイル 【彼氏の顔が覚えられません 第1話】

  • 2014.11.13
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「竹野内豊と金城武が区別できなきゃ、恋愛できないでしょ」

ユイに言われた言葉、すっごい覚えてる。そのときのユイの様子も。なんか、変なネイル付けてた……ウニやらイクラやら、お寿司のネタを10本の指に乗せてた。芸術的だけど、重そう。そんな指で、キャラメルマキアートのストローをつまみ、クルクル回してた。

髪は、ポニーテール。結んだ先が本物のウマみたいにふさふさしてた。染めてはいないらしいけど、窓から注ぐ日の光に当たって、茶色に見えた。

服は、紫色のニット。体にぴったりして、巨乳が強調されてた。二の腕とかも。さわったら、ぷに、ってしそう。やばい、超さわりたい、とか思った。

なんの話だっけ。そう、竹野内豊と金城武。ユイが、邦画の『冷静と情熱のあいだ』って恋愛モノと、『リターナー』っていうSFモノのDVD貸してくれるって言って、私、聞いたんだ。「同じ俳優さん?」って。

だってユイ、いきなり「超おもしろいから、見て」って押しつけてきて。似たようなパッケージで、同じような顔が写ってたら、そうなるじゃん。10年以上前の映画になんて、興味ないし。

「べつに俳優とか見分けられなくても、恋愛できるよ」

で、ちょっとだけ怒った感じでそう返すと、ユイは「ほんとに~?」って、挑発的に言う。私はミルクも砂糖も入れてない、あっついコーヒーを飲む。ずずっ、あちっ。ちょっと舌先ヤケド。

「じゃあ、あんた、彼氏のどこが好きなの? やっぱ、顔なんでしょ?」

ユイは尋ねた。顔。カズヤの顔を思い浮かべながら、「うーん」と、うなる。顔か。

「顔、わからない」

「は? わからない?」

そのとき、ユイはすごい驚いた声で「冗談でしょ、なにそれ」なんて。

「あ、わかった、顔よりハートって、そういうことー? うっらやましぃー、このっ」

私が何も言えないでいると、ユイはそう続け、玉子のネイルが乗った人差し指で、私の頬をつつく。いや、そうじゃないけど。

顔なんて、わかんない。正直、ぜんぜん覚えられない。目とか口とか、開いたり閉じたりせわしなく動いてるし。

皮膚が伸びたり、シワができたり。マユゲが尺取虫みたいにぐにぐに動いたり。たまに鼻の穴が、大きくなったり、小さくなったりして。表情ってやつ? を、変えるせいで、いつも違って見える。

だから、私が覚えているのは。カズヤの、よく響くテナーボイス。高い身長と、痩せても太ってもないカラダ。私を握る、手のぬくもり。首のあたりからただよう、優しいにおい。

顔は、なにも思い出せない。目とか口とかが動き続けてて、いちいち覚えられない。

あとで知った。こういうの、フツウじゃないっぽい。失顔症っていう、ある種の病気らしい。

それでも、私は恋してる。彼の声も、カラダつきも、においも、優しさも、ぜんぶ。近くにいなくても、すぐに思い出せる。しっかり記憶してる。

ただ、彼の顔。それだけが、覚えられません。

(つづく)

(平原 学)