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【アイドル×SF×純文学】「BTSの『IDOL』を見てダンス&ボーカルグループの面白さに目覚めた」【町屋良平 インタビュー】

  • 2026.5.24

※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2026年6月号からの転載です。

「グループごとに思想や目指しているものが全然違う。だからアイドルは面白いんです」

エンターテインメントの象徴である「アイドル」を、現代純文学の旗手が描いたらどうなるのか。『IDOL』にその答えがある。

「ダンス&ボーカルグループの面白さに目覚めたきっかけは、BTSの『IDOL』です。メンバーの衣装のおしゃれさに目を奪われ、サビの振り付けのすごさに驚き、MVも現代アートのインスタレーションかと思うほど素晴らしかったし、歌詞の深みに惹かれました。今のアイドルは、性格からメンバー同士の関係まで全てがカメラで抜かれてしまう。でもそんな世界でなら、この作品で起きるようなことがあってもいいのかもと思いながら書きました。さすがに70年後の未来から来たアイドルはいないと思いますが(笑)」

70年後の未来から来た双子が崖っぷちアイドルの一員に

そう、〈キルトがタイムスリップするとこをサトシに見られた〉から始まる本作は、SF小説でもある。「8koBrights(エコーブライツ)」、通称エコブラのメンバーである双子のアリスとキルトは、実は70年後の未来から来た研究者。だが未来人である秘密がメンバーにバレたことから、1年後に解散するはずだったグループの運命に少しずつズレが生じていく……。

「当初は短編の予定でしたが、設定を考えるうちに『もっと書ける』と思えたので連載という形で長編に変更させてもらいました。SFはあらゆることを受け入れてくれる懐の深さがある。だからこそそこに甘えないように、ある程度の新規性はしっかり打ち出したかった。ボーイズアイドル小説としての独創性と、SFとしての独創性を同時に成り立たせることを目指しました」

アイドル小説のスパイスとしてのSFではなく、緻密に設計されたSF世界の内部にアイドルの物語がしっかりと食い込んでいる、と表現すれば伝わるだろうか。本作で描かれるのは、近未来という写し鏡によって乱反射する現代アイドルの姿であり、個性のぶつかり合いによって刹那の化学反応が生まれ続けるグループならではの醍醐味だ。

「エコブラがどんなグループかを考えたときに、まず浮かんだのがキルトとアリス。次が未来人の存在を受け入れそうなサトシ、ボーカリストとして圧倒的な才能を持つレン、不器用な集団のリーダーを務めるリュウ、美容担当のシンイチ……という流れで、シーンの要請によってメンバーが揃っていきました。もともとのグループとしての出発点が8人だったから8koBrightsなのですが、脱退後に裏方に回ってエコブラを支えることになったマサとヤスも合わせて8人、という構成です」

毒舌だが淡々と努力を継続できるキルトと、その兄で「個性」恐怖症ゆえに全力を出しきれないアリスの未来人兄弟も含め、メンバー全員がいずれも不完全さゆえの魅力の持ち主として描かれている。「自分なら誰を推そう?」と想像しながら読み進める楽しさもある。

「自己投影をするのか、自分とは逆のタイプに憧れるのか。どんなアイドルを好きになるかは、いろんなパターンがありますよね。もし僕がグループの一員だったら、一番目立つセンターを支える、不人気メンバーのポジションを希望します(笑)」

もちろん、アイドルの最大の魅力である躍動する身体のパフォーマンスも、高い解像度で文字に翻訳され、物語に落とし込まれている。「身体性」というキーワードは、町屋さんが過去作で幾度も扱ってきたテーマでもある。

「昔からクラシック音楽が好きで、その延長でクラシックで選手が踊るフィギュアスケートが好きだった時期があるのですが、スケーティング技術って小説における文章なんですよ。スケーティングが上手ければ音楽のよさがより際立つように、文章がよければ小説もよいものになる。同じように置き換えると、フィギュアのジャンプは小説におけるキャラクター。キャラクターって、つまりは4回転ジャンプを跳ぶようなことですから。そんな風にこれまでの小説で書いたことや考えてきたことが、本作でも全部繋がっている感覚がありました」

アイドルが小説を照らし 小説がアイドルを照らし返す

70年後の未来を描いたSF小説としても興味深い。2090年代の社会ではアイドルの物語に欠かせない「夢」「努力」は軽犯罪扱いであり、睡眠管理からメンタル安定にまで、あらゆる領域にAIが深く入り込んでいる。現在の延長線上には、確かにこんな未来が待ち受けているかもしれないのだと想像力が刺激される。

「単行本化にあたってはSF設定の加筆に力を入れました。70年後の未来という設定にしたのは、今を生きている僕たちとギリギリ地続きであることに意味があると考えたからです。物語後半に新たに現れるキャラクターの存在によって、その意味が伝わるはずです」

物語の中盤以降は、「アイドル」と「SF」が融合する世界に、さらに「小説」が接続する。過去には『坂下あたると、しじょうの宇宙』でも高校生詩人の作風を模倣したAIが登場する小説を書いているが、本作はそのモチーフをさらに発展させたバリエーションとしても読めるだろう。言葉は、小説は、AIがさらに発展した70年後の世界ではどう変容しているのか? そもそも創作は未来で生き延びているのか? クリエイティブと呼ばれる職種に就いている人でなくとも、考えさせられる未来予想図だ。

「僕としては必ずしもここで書いている未来のようになるとは思っていなくて。文学ってその作品だけが単体であればいいわけではない。ある作品が出たときに、そこにどんな歴史的な接続や文脈があるかを小説家や批評家がいちいち点検することが大事だと考えているからです。何より、創作は自分を更新する経験なので、自分で書かないと得られないものがある。自分が変容することは、人間の人生で最大の謎だと思っているので、そこを求める需要は絶対に残るはずです」

物語ではいったん未来に戻ったアリスが、過去を「論証」するのではなく、「物語る」ために「小説」という形式を選ぶ。アイドルという生身の輝きをSFという装置で映し出し、さらには「小説の死後」を見据えた批評的な視線で射抜く。この入射角のユニークさこそが、町屋良平の小説作品の真骨頂だ。そんな重層的なアプローチを試みながらも、エンターテインメントとして鮮やかに昇華させた本作は、物語の新たな地平を切り拓いている。

「4章から終盤にかけてはアイデアが増殖して導かれるように、エンタメ的展開になりました。犯人探しのようなミステリー的仕掛けもあるのですが、そこはもしかしたら普段からアイドルを応援している人ほど違和感に気付くかもしれません」

すべてを内包して向かうクライマックスで陶酔と興奮が臨界点に達したとき、メンバーたちの目にはどんな風景が映るのか。ラストシーンにたどり着いて残るのは、ライブ終演後のような多幸感と切ない余韻だ。

「この作品を書き上げたことで、自分のコアな部分を保ちながらも、新しく違うものを取り入れたり、さらに広げたりしながら小説をつくることもできるのだとわかりました。表現者としてより自由になれた気がするし、それはきっとこれから書く文学にも活きると思っています」

取材・文:阿部花恵 写真:種子貴之

まちや・りょうへい●1983年生まれ。2016年『青が破れる』で文藝賞を受賞しデビュー。19年『1R1分34秒』で芥川龍之介賞、22年『ほんのこども』で野間文芸新人賞、24年「私の批評」で川端康成文学賞、『生きる演技』で織田作之助賞、25年『私の小説』で芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。他の著作に『しき』『愛が嫌い』『ショパンゾンビ・コンテスタント』『生活』など。

『IDOL』

(町屋良平/太田出版) 2420円(税込)

国民的オーディション番組の落選組によって結成されたボーイズグループ「8koBrights」、通称エコブラ。70年後の未来からタイムスリップしてエコブラに加入した双子の研究者アリスとキルトは、1年後の解散という定められた未来を知りながらアイドル活動を続けていくが……。メンバーの名前には気付く人にだけ伝わるささやかな共通点の仕込みもあり。

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