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ブルガリがヴェネチア・ビエンナーレで協働するアーティスト、ロータス・L・カン「語りえないものを、いかに語るのか」

  • 2026.5.22
ロータス・L・カン「The Face of Desire is Loss」 © Bvlgari

ブルガリがエクスクルーシブ・パートナーを務めるヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展で、ジャルディーニに新たなパビリオンが誕生。そこで発表されたのは、カナダ出身のロータス・L・カンによるインスタレーション作品《The Face of Desire is Loss》。光、時間、身体、死と再生の気配を取り込みながら、作品は会期中も絶えず変化を続けていく。

世界最大級の現代アートの祭典、ヴェネチア・ビエンナーレにおいて、ブルガリが初めてエクスクルーシブ・パートナーを務めている。各国のパビリオンがあるメイン会場、ジャルディーニの入り口すぐそばに設けられたブルガリ初のパビリオンは、小規模ながらも圧倒的な存在感を放つ空間だ。そこには、ブランドが今回選出したアーティスト、カナダ出身のロータス・L・カン(Lotus L. Kang)の世界観に呼応する構造体が広がっている。2023年にロンドンのチゼンヘール・ギャラリーで開催された個展でも注目を集めた、分野横断的なアプローチで知られる彼女の作品世界が広がっている。

ロータス・L・カン《The Face of Desire is Loss》制作風景、ニューヨークにて。 ©︎ Bvlgari

「The Face of Desire is Loss」と題された本展は、現代詩人ララ・ミモザ・モンテスの詩集『Thresholes』の一節から着想を得ている。同書は、喪失や悲嘆について考えるとき、そこに何が残されるのかを探る作品集だ。展示そのものもまた、「不在」をひとつの可能性として捉える試みとなっている。「私は、“void(空虚)”に形を与えたいと思っています。これは、“語りえないものを、いかに語るのか”についての作品なんです」と、カンは語る。

ブルガリ パビリオンの外観。手前には、ロータス・L・カンの蓮根をモチーフにした作品。 ©︎ Bvlgari

“void(空虚)”という概念はカンにとって特別な魅力を持つテーマで、作品に繰り返し登場するモチーフのひとつが“蓮根”。その特徴である“穴”の構造に、彼女は強く惹かれている。その穴のイメージは、展示空間そのものにも反映されている。パビリオンはガラス張りの直方体の空間で、天井には規則的に鉄骨の梁が走っている。しかし、その梁には大きな穴が穿たれ、インスタレーションの各要素はそこから吊り下げられているのだ。

蓮根と同じように、それらの穴は梁に大きな強度を与えている。そして同時に、「穴=欠損」という固定観念を覆していく。そこにあるのは、喪失のための空間ではなく、むしろ何かが生まれるための空間なのだ。

ブルガリ パビリオンの外観。 ©︎ T-Space

設営中と、完成したパビリオンを案内してもらった際の2度にわたり話を聞いたカンは、穏やかな語り口と深い知性、そして細やかな思慮を備えた人物だった。ニューヨークを拠点とする彼女は、前述したチゼンヘール・ギャラリーや、バンクーバーのコンテンポラリー・アート・ギャラリーでの展示でも協働したキュレーター、マシュー・ハイランドと再びタッグを組んだ。本作には、過去の展示の痕跡が糸のように織り込まれている。

この4年間、カンは温室を用いながら、自身が“skins”と呼ぶ作品を制作してきた。それは、定着処理を施していない巨大な感光フィルムだ。本来こうしたフィルムは暗室で扱われるものだが、温室という環境に置かれることで、光や湿度、周囲の物質に反応し、その痕跡を取り込んでいく。

ヴェネチアのパビリオンもまた、ガラス張りの構造によって温室を思わせる空間となっている。カンは天井の梁から長いフィルムを吊るし、それらは自然光に晒されながら、空間を行き交う人々の動きや数によって変化していく。

「この作品は、時間と成長、死と再生の循環を捉えています。内部のフィルムは劇的に変化していくのです」と彼女は説明する。当初、フィルムは深い紫色をしていた。しかし、ビエンナーレ開幕週の5月に展示を訪れたときには、すでにさまざまな色調へと褪色し始めていた。キュレーターのハイランドはそれを「身体的な色彩」と表現する。あざ、血液、胆汁──そうした身体を連想させる色。

「この作品の核には、身体のメタファーがあります。骨格や皮膚。私たちが環境によって形づくられ、また環境によって構成されているということ。そして、人間という存在の境界がいかに浸透的であるか、ということです」と、ハイランドは話す。

ロータス・L・カンのインスタレーション展示より、ブルガリ パビリオンのファサードに設置された35㎜フィルム。 ©︎ T-Space

カンは、パビリオンのファサード全体を35㎜フィルムのストリップで覆っている。そこに写し出されているのは、2023年に撮影された、韓国・黄海沿岸のセマングム干潟。古くから移動や渡航の歴史と結びついてきた土地である。このインスタレーションには、死と再生のあわいを描く詩人キム・ヘスンの詩「すでに」(詩集『死の自叙伝』所収)を参照したサウンドスコアも組み込まれている。

太陽光が差し込むと、それらの像は幽霊のような影となってパビリオン内部へ投影され、その痕跡が内部に吊るされた“skins”へと影響を与えていく。また、展示には一見すると見落としてしまいそうな場所にも介入が施されている。梁の上や床には畳のマットが置かれ、ハイランドはこう説明する。

「マットレスとは、私たちが休息し、回復し、愛し合い、そしてしばしば死を迎える場所。こうした形態は堆積物のように、そこを通り過ぎた身体や時間、場所の記憶といった過去の痕跡を蓄積していくのです」

さらに、会場の周囲には49本の蒸留酒のボトルが並べられている。これは仏教において、死から再生までの期間とされる49日間を象徴しているのだという。

ロータス・L・カン「The Face of Desire is Loss」の展示風景より。 ©︎ T-Space

ブルガリの副CEOラウラ・ブルデーゼ(7月にCEO就任)は、 カンの作品を以前、ホイットニー・ビエンナーレで目にし、ジャルディーニという特別な場所で大規模な作品を実現したいと考えたという。

「私たちは、変容や変化、時間というテーマについて、アーティスト自身の感性を自由に表現できる場を提供したかったのです」とブルデーゼは語る。

「ロータス(・L・カン)は、“変化し続ける作品”をつくりたいと考えていました。瞬間ごとに姿を変えていく、生きているような作品です。私たちはそのコンセプトに強く惹かれました。本当に“生きている”ものを生み出したいと考えました」

また、ブルガリが今後3回にわたりヴェネチア・ビエンナーレを支援する理由について、ブルデーゼは「レガシー」の観点を挙げる。「次の世代に向けて、よりよい未来を築くことに貢献したいのです。アートと文化は、人の魂を高めることで人生そのものを豊かにしてくれるのです」

※ロータス・L・カン「The face of desire is loss」は、ブルガリのコミッションにより制作。第61回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展の会期となる、11月22日まで開催。

From: Harper's BAZAAR UK

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