1. トップ
  2. 三宅唱監督、シム・ウンギョン、河合優実が語り合う“言葉”の奥深さ。『旅と日々』は「体で感じ、目で聞き、耳で見る映画」

三宅唱監督、シム・ウンギョン、河合優実が語り合う“言葉”の奥深さ。『旅と日々』は「体で感じ、目で聞き、耳で見る映画」

  • 2025.11.11

映画『旅と日々』(公開中)の“旅”とは、Travel(トラベル)のみならずTrip(トリップ)やJourney(ジャーニー)といった心の旅路の意味合いもそこに含まれているのでは――。と、そんなような趣旨の問いかけをしたことから、本作の監督と演者のお二方、「三宅唱×シム・ウンギョン×河合優実」の鼎談は流れのまま、タイトルの話題から始まったのであった。

【写真を見る】監督として、俳優として“言葉”への思いを語った三宅唱監督、シム・ウンギョン、河合優実

「印象派のドビュッシーやラヴェルのクラシック、グレン・ミラー・オーケストラのスウィング・ジャズなど、李のプレイリストを想像して作りました」(シム・ウンギョン)

釜山国際映画祭での出会いから三宅監督と組んだシム・ウンギョン 撮影/興梠真穂 スタイリング/島津由行 ヘアメイク/MICHIRU
釜山国際映画祭での出会いから三宅監督と組んだシム・ウンギョン 撮影/興梠真穂 スタイリング/島津由行 ヘアメイク/MICHIRU

三宅「ストレートに、今回の物語の核はなんだろうと考えた時、そうだ!『旅と日々』だ、と直感的に頭に浮かびまして。“旅”と“日々”が軽く韻を踏んでいるのもチャーミングかなと』

シム・ウンギョン「台本を読む前にその文字の並びを目にして、映画の中で旅をする、彷徨う人の話なのかなあ、とまず率直に思いました。本当にそういう映画だったのですが、もしかしたら主人公は今も “旅の途中” なのかもしれないとか、いろんな感覚にいざなってくれるタイトルです」

河合「シンプルさがいいですよね。好きです。でもなぜ好きなのか、言葉に変えるのは難しい…。きっと生きていくって“旅”と“日々”しかない気がするんです。旅しているか、日々を過ごしているか、どちらかの状態しかないというか。完成した映画を観終わって、私はそう感じました」

悩める脚本家・李は雪深い北国へ旅に出る (c)2025『旅と日々』製作委員会
悩める脚本家・李は雪深い北国へ旅に出る (c)2025『旅と日々』製作委員会

冒頭の舞台は東京。主人公の脚本家・李(イ)は日本に住む韓国人。登場シーンから仕事モードで、古風にも鉛筆を持ち、悩みつつひらめいた映画の情景描写を白いノートにハングルで書きつけていく。役をつかむためにシム・ウンギョンは様々なアプローチの中、三宅監督とこんなやりとりもしたという。

シム・ウンギョン「李というキャラクターは普段、こういう音楽を聴いてるんじゃないかとプレイリストを想像して作り、メールで送ったんです。例えばクラシック音楽ではドビュッシーやラヴェルの印象派の曲だったり、それから1930〜40年代初めに一世を風靡したグレン・ミラー・オーケストラのスウィング・ジャズだったり。監督は監督で李のプレイリストを作ってくださっていたんですけれども」

鉛筆で脚本をつづる李 (c)2025『旅と日々』製作委員会
鉛筆で脚本をつづる李 (c)2025『旅と日々』製作委員会

三宅「これまでの映画でも毎回、既成曲のプレイリストを用意する作業は自分の楽しみでやっていたんですけど、ウンギョンさんからも送ってもらえたことはヒントになり、助かりましたし、あと、日韓の多岐にわたる時代の小説家、詩人についての印象を共有したのも大きかった。日本の作家では太宰治や立原道造、韓国の詩人では李箱(イ・サン)、それと小説家の韓江(ハン・ガン)といった言葉と格闘している方たちですね。もう一点、ウンギョンさんと僕を繋いだ一番のアイコンは、サイレント映画の喜劇王のひとり、バスター・キートン!お互いに、キートンのお気に入りの写真を送り合ったりしたんです」

劇中、どこかキートンのような物悲しさと孤高の佇まいをまとったシム・ウンギョン。かたや、河合優実は都会から島にやって来て、夏の海辺の町に逗留するミステリアスな渚役で異彩を放つ。実は、李が書いている脚本のキャラであり、もっと俯瞰して見れば、伝説的な漫画家・つげ義春の短編「海辺の叙景」(67)を依頼のもと、李がアダプトしているという(三宅監督が用意した)凝った設定なのだ。

「予想外の驚きが起きることによって、“生きている”という実感を得られるような体験ができる」(三宅)

つげ義春の漫画をモチーフに『旅と日々』を作り上げた三宅唱監督 撮影/興梠真穂
つげ義春の漫画をモチーフに『旅と日々』を作り上げた三宅唱監督 撮影/興梠真穂

河合「渚役もそうでしたが私は、演じるための曲のプレイリスト作りは基本的にやらないです。そのキャラクターに流れているリズムが決まっていたほうがやりやすい場合だと、楽しんで作ったりしますけれども」

三宅「映画はいくつか、共有しました?」

河合「撮影現場でリハーサルをする時に、抜粋したシーンを一緒に観ましたよね。ロベルト・ロッセリーニ監督の『イタリア旅行』とか」

三宅「エリック・ロメール監督の『緑の光線』は?」

河合「それは一緒には観てないですけど、他に参考に挙げてくださって印象的だったのは「ヴァカンス映画について」の文章です」

河合演じる渚は李が作り上げた物語のヒロイン (c)2025『旅と日々』製作委員会
河合演じる渚は李が作り上げた物語のヒロイン (c)2025『旅と日々』製作委員会

三宅「ギヨーム・ブラック監督の文章ですね。彼はすばらしいヴァカンス映画を何本も撮っていますが、『なぜヴァカンス映画に惹かれるのか』ということについて、美しいテキストを書いていて。それを共有しましたね。これを踏まえて違うことをやりたいと思っていたので」

河合「渚のエピソード、前半の夏篇をひとつの作品と捉えればヴァカンス映画に分類できるんじゃないか、みたいなことを最初に話した記憶があります」

夏篇のロケ場所は東京都、伊豆諸島に位置する神津島。シム・ウンギョンは自分のクランクイン前に、その地を訪れた。対して河合優実は冬篇のロケ地である山形県庄内地方、鶴岡市での撮影に足を運んだ。こちらは、つげ漫画「ほんやら洞のべんさん」(68)をベースにした『旅と日々』の後半部に該当する。李は発作的に東京を離れ、電車に乗り込むが、無計画に降り立った雪に覆われた北国の町の宿はどこも一杯。かろうじて風変わりな隠遁者・べん造(堤真一)が家主の、人里離れたおんぼろ宿に辿り着く。

山の奥深くに佇む古宿に辿り着く李 (c)2025『旅と日々』製作委員会
山の奥深くに佇む古宿に辿り着く李 (c)2025『旅と日々』製作委員会

シム・ウンギョン「神津島へは1日だけ見学しに行きました。夏篇に映し出されるのは、李が書いたストーリーなので実際に見てみないとわからない。それで自分の目で一応確かめておこう、と」

三宅「そうでしたね」

河合「私たちが泊まっていた宿の、畳の部屋で一緒にご飯を食べたり、お話をしたりしましたよね。逆に私は冬篇にお邪魔というか、『雪だあ!』とはしゃいで、遊びに行っただけになってしまった(笑)」

三宅「あんまり落ち着いて見学できるシーンではなかったんだよね。べん造の大事なシーンの日だったから」

べん造は李をある場所へ連れ出す (c)2025『旅と日々』製作委員会
べん造は李をある場所へ連れ出す (c)2025『旅と日々』製作委員会

河合「現場に緊迫感があって、近づける雰囲気ではなかったです。でも、他のロケ地も見せてもらえました。三宅監督が『いい場所でしょ』ってうれしそうで」

三宅「宿の外、川のシーンだよね。じゃあ、あのべん造さんのおんぼろ宿には行けてないんじゃない?」

河合「私が行った日はあの宿セットの撮影じゃなくて。少しだけウンギョンさんとおしゃべりして、一人で温泉に入って帰りました」

シム・ウンギョン「いろんなお話ができたのは、ロカルノ国際映画祭に一緒に行った時ですよね」

ご存知、本作は第78回ロカルノ国際映画祭インターナショナル・コンペティション部門で最高賞の金豹賞とヤング審査員賞特別賞をダブル受賞。この作品は“旅”だけでなく、旅と表裏一体の“日々”についての映画でもある。では“日々”とは何なのか。三宅監督のフェイバリットな一本、エドワード・ヤン監督の『ヤンヤン 夏の想い出』(00)の次のセリフが教えてくれるだろう。「なぜ私たちは“初めて”を恐れるのか。人生、毎日が初めてです。毎朝が新しい。同じ日は二度と来ない。それなのに私たちは毎朝恐れずに布団から出る」。“旅”と“日々”の繋ぎ目を凝視していくと、そこに三宅流の“映画”が立ち現れてくる。

夏篇は伊豆諸島の神津島で撮影された (c)2025『旅と日々』製作委員会
夏篇は伊豆諸島の神津島で撮影された (c)2025『旅と日々』製作委員会

三宅「平穏そうな“日々”からすでに“旅”は始まっていて、それは“映画”もきっとそうで、予想外の驚きが不意に起きて、幸せになったり、恐怖したりして、それをあとから振り返った時、“生きている”という実感になるのかなと考えたりしました。そもそも、僕らはいろんな偏見、固定観念を無意識に持っていて、そういうものや“日々”が旅先で覆されたりするし、映画においても『こいつは悪人だ』とにらんでいたのが『全然いいヤツだった』とひっくり返される醍醐味ってあったりしますよね。この『旅と日々』では、そういった驚きの瞬間や変化していくことの瞬間瞬間を、ある種の諧謔(かいぎゃく)と共に捉えられたらと思っていました」

さて脚本家として、また一個人としても自信がなく、悩み多き李は旅に出る前、内省する。瑞々しい感情はいつも言葉に追いつかれ、捕らえられてしまうと。少し飛躍して、言葉と演じることの関係性を伺ってみると、シム・ウンギョンが答えを出すのに少し時間が必要なようで「河合さんはどうですか?」と譲った。

「言葉に変換しようのない気持ちを体を通して表現できる俳優業は何ておもしろい仕事なんだろうと感じています」(河合)

『きみの鳥はうたえる』が大好きだという河合優実は三宅監督作に初出演を果たした 撮影/興梠真穂 スタイリング/高橋茉優 ヘアメイク/秋鹿裕子 衣装協力/ニット¥38,500(AMOMENTO)
『きみの鳥はうたえる』が大好きだという河合優実は三宅監督作に初出演を果たした 撮影/興梠真穂 スタイリング/高橋茉優 ヘアメイク/秋鹿裕子 衣装協力/ニット¥38,500(AMOMENTO)

河合「お芝居を始める前に私はダンスをやっていて、俳優業に興味を持ったのは役として舞台上に立つことの楽しさや、みんなで作りあげた世界をお客さんに見てもらう喜びを知ってからなんです。いわばダンスの延長、身体表現という大きな捉え方でお芝居に興味を持ちました。それで、演劇の戯曲と比べると、映像の脚本は設計図的な面が強いし、そういう意味でも肉体のほうが断然雄弁だと思っています。もちろんセリフはセリフですごく大切ですけど、生きていて誰にも言えないことや、言葉に変換しようのない気持ちって数えきれないほどあるはずで、それを体を通して表現できるという意味で、何ておもしろい仕事なんだろうと感じています」

そして、シム・ウンギョンの番に。

シム・ウンギョン「私は、韓国と日本を行き来しながら映画やTVドラマの仕事を続けているのですが、言葉について考えることが多いです。自分が演じるキャラクターのセリフの言い回し、話している言葉は、もともと自分が使っていなかった単語の連なりで語尾も違うんですね。セリフをちゃんとスラスラと言えるようにするためには、練習を重ねないといけない。それは国の違いに限らず、韓国の作品でも同じです。まず、棒読みをするんですね。例えば『ありがとうございます』だったら自分の内側まで馴染ませようと現場で何回も繰り返す。そうして言葉が自分のものになると、感情を乗せることができる。子役時代はただ楽しくて、勢いで現場に入ってそのまま役にぶつかっていけば良かった。ところがどんどん経験を重ねるにつれ、これだけではちょっと物足りなくなってきた。つまり、いつも私はキャラクターの感情しか考えておらず、セリフはあまり大事にしていなかったんです。セリフが自分の口に合わないとやっと気づいて、どうすればいいんだろうと考えて、ただ難しいのは、練習の仕方によってはお芝居の質が落ちてゆく感じがしたんですよ…」

べん造との交流が李の心を解きほぐしてゆく (c)2025『旅と日々』製作委員会
べん造との交流が李の心を解きほぐしてゆく (c)2025『旅と日々』製作委員会

河合優実が思わず、「演技が新鮮ではなくなってしまうんですね」と言葉を被せた。「そうなんです」と呼応し、シム・ウンギョンがうなずいた。

シム・ウンギョン「それでやっと、自分がちょっと間違った方向に進んでいるとわかって。気づいたのは日本で活動を始めてからなんです。日本語は私にとっては外国語だから、本当にもう、口に出して繰り返し練習しなければいけないものです。毎日、まず棒読みを繰り返して口に出していったら、ふと自然と、私の感情も乗るようになり、『あ、これだな』ってつかめてきたんです。以来、役との距離感が前よりも近くなりました。けれどもやはり言葉、セリフだけでは表現できないことがお芝居には多々あり、工夫すべき点が当然まだまだあります。言葉をちゃんと、自分のものにしたいですね。『旅と日々』の独白で李が『私は言葉の檻の中にいる』とつぶやくんですが、俳優も檻に囚われたらダメだなと思います」

 山形の庄内地方で撮影された冬篇 (c)2025『旅と日々』製作委員会
山形の庄内地方で撮影された冬篇 (c)2025『旅と日々』製作委員会

すぐに「棒読みを繰り返すのって、フランスの巨匠ジャン・ルノワールの“イタリア式本読み”ですよね。日本では濱口竜介監督の応用メソッドで知られていますが」と、三宅監督が補足した。最初はフラットに、できるだけ感情を抜いてニュートラルにセリフを反復し、自発的に俳優の発声、演技の化学反応を導く方法。「おもしろそうですね。練習してみようと思いました」と河合優実。「私、濱口さんの演技の本を持っています。韓国で翻訳版が出ているんですが、意識したのではなく偶然なんです」とシム・ウンギョン。三宅監督がこう続けた。

三宅「『旅と日々』は役者同士のセリフの掛け合いのおもしろさ、と合わせて言葉と言葉の間に潜む可笑しさ、その両方をたくさん味わっていただきたいですね。ウンギョンさんがプレスのインタビューで『体で感じ、目で聞き、耳で見る映画』だとおっしゃってくれていましたけど」

【写真を見る】監督として、俳優として“言葉”への思いを語った三宅唱監督、シム・ウンギョン、河合優実 撮影/興梠真穂
【写真を見る】監督として、俳優として“言葉”への思いを語った三宅唱監督、シム・ウンギョン、河合優実 撮影/興梠真穂

シム・ウンギョン「いやいやいや! それは監督の言葉ですよ」

三宅「でしたね(笑)。でも僕がそう口にしたのをすっかり忘れてしまっていたら、ウンギョンさんが思い出してくださって、オフィシャルのコメントに採用されたんです。皆さんにとっても『体で感じ、目で聞き、耳で見る映画』となったなら本望であります」

取材・文/轟夕起夫

元記事で読む
の記事をもっとみる