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「大人になって知ったマニアックな昆虫の世界」『神秘の標本箱 -昆虫-』刊行記念の片桐仁×丸山宗利スペシャル対談

  • 2024.12.11

2024年12月12日、昆虫博士・丸山宗利さんらによる美麗な昆虫写真集『神秘の標本箱 - 昆虫-』がリリース。それを記念し、俳優・タレント・アーティストとマルチに活躍する片桐仁さんとの邂逅が実現。片桐さんは昆虫の粘土アートでも知られ、家族そろって昆虫採集にも出かけるそう。今回の取材では夫婦で尊敬する丸山先生に会えるため、なんと奥様も同席。その中でニッチな昆虫談義がノンストップで展開した!

昆虫探しで必要な“第六感”

片桐仁さん(以下、片桐):今日は丸山先生にお会いできるということで、(コガネムシ科の甲虫)マダガスカルハナムグリ柄のシャツを着てきました。

丸山宗利さん(以下、丸山):それ、僕が撮影した標本写真をもとに、マメコ商会さん(昆虫モチーフの服飾を扱う)がデザインに起こして作ったんですよ。

片桐:そうとは知らずに着てました(笑)。今日はこれを着てきてよかった~。

丸山:片桐さんのことは僕の相棒、小松(貴)君(昆虫学者)からも聞いています。

片桐:マジですか、うれしい。この間もある番組で、小松先生と一緒に虫取りに行きました。丸山先生は小松先生の師匠ですし、アリと一緒に暮らす好蟻性(こうぎせい)昆虫の研究の第一人者。最初に先生が好蟻性昆虫に注目したのは、いつからですか?

丸山:僕が大学院(北海道大学大学院)に入ったばかりなので、30年くらい前ですね。そのときは研究している人が誰もいなくて、探しに行くたびに新種が見つかるような感じでした。それでしばらく経ってから、8つ年下の小松君が「僕も好蟻性昆虫の研究をやってみたいです」と言ってきたので、一緒にあちこち行くようになったんです。

片桐:大学院に行くまでは何の虫を勉強されたのですか。

丸山:ハネカクシ(アリに似た形・サイズの甲虫)です。アリと共生する昆虫にもハネカクシは多いのですが、それとは別のキノコにいるような普通のタイプですね。

片桐:探す場所を特定するために、キノコや植物についても詳しくなりました?

丸山:そうですね。やはり昆虫以外のことにも詳しくなることで、目的の昆虫を見つけやすくなりますから。また、目的を持たないと虫ってなかなか見つからないんですよ。例えば葉っぱに擬態する昆虫も、“今日はこれ探そう”という目になると見つかる確率が高まるんです。イメージを事前に持っておいて、それに照らし合わせて探すことが重要。

片桐:それ、分かります。先ほどの番組で、ヨモギの花に擬態するヤガ(蛾)の幼虫を見に行ったんですけど、やっぱり僕ら素人は見つけられないんですよ。行ったのは夜でしたし、一生懸命くまなく見るんですけど。ただ、小松先生が見つけてから、実物を見てイメージできると、すぐ見つけられました。小松先生は「一個一個を凝視しないで、全体を見れば違和感に気づくから」と教えてくれましたけど、それがなかなかできないんですよ~。

丸山:その違和感なんですよね、見つけられるときというのは。浮かび上がって見えるというか……。

片桐:それがすごい! その音とか、五感を研ぎ澄ませて見るっていうすごい世界ですよ。普段生活で使うセンサーとは違う、第六感の世界です。

丸山:まさにそう。自分でもなぜこの昆虫を見つけられたんだろう、みたいなことがあります。人間って不思議じゃないですか。例えば、プロ野球選手がすごく遠くの的にボールを投げて当てたり、精密機械みたいなことを人間ができるのは何なんですかね。第六感とは、そういうところかなと思います。

カゲロウの生体写真は「奇跡の一枚」

片桐:事前に新刊の内容をゲラで拝見しました。写真撮影は深度合成法(小さな昆虫全身は全体にピントが合わないため、各部位を撮影して後に合成する方法)だと思いますが、1匹に対して何枚ぐらい撮るのですか?

丸山:50~100枚くらいです。合成自体は専用ソフトで行いますが、もとの写真をきれいに撮るのが一番難しいですね。

片桐:この写真を見て、まさかそんなに撮っているとは思わないですよ(笑)。僕は粘土アートで虫を創作するのですが、昆虫の写真はどうしても背面か、横から撮ったものが多いじゃないですか。胴体の厚みとかを知るために、立体データが欲しいんですよ。デジタル写真だといずれ手に入ったりしますか?

丸山:そうなると思います。最近うちの大学(九州大学)では、CTスキャンで撮って、ソフト上で360度動かせます。それがまた3Dプリンターで打ち出せる。図鑑もデジタルになったらそうやって立体視できるようになる可能性があります。今はARもありますし。

片桐:立体になって空間に浮かび上がるみたいな。けれども、やっぱり紙の写真集は特別ですよね。手元に持っておきたいというか、本自体が持つ独特の雰囲気といいますか……。

丸山:そのとおり。そういう一冊をつくりたいなと思って制作しました。印刷されるからこそのありがたみ、価値があるものにできたらいいなという思いがあります。

片桐:新刊に載っている虫についても聞きたいです。水生昆虫のカゲロウの幼虫は、渓流の方に行ったときに結構、見つけました。で、その成虫の話を聞いたらびっくりして。脚が退化して機能を失い、どこかに止まることもできないっていうじゃないですか!?

丸山:そうなんです。羽化したら水面上を数十分だけ飛び交い、すぐに死んでしまう。それで水面に止まった瞬間に卵を産むようにできているんですよ。個体群によっては交尾せずに産卵できるメスもいるので、着水して卵を産んで終わりという……。

片桐:ナナフシみたいに種のほとんどがメスで、単為生殖をする昆虫なんですね。幼虫の期間の方が全然長いわけで、そうすると成虫ってなんだろうなって、はかなく思います。

丸山:だから、この白バックの生体写真は“奇跡的な一枚”、黒バックの方は“新鮮な死体”です(笑)。死後にすぐ撮らないと、色が変わって透明感が失われてしまうので。

シミを飼う丸山家とナナフシを飼う片桐家

片桐:新刊の中で一番のお気に入りの写真はどれですか?

丸山:個人的に好きなのが、このシミのページです。

片桐:シミですか! まさかこれを挙げられるとは思わなかった。渋すぎます(笑)。体長はどれぐらいですか?

丸山:6~7㎜、まだ翅(はね)もない原始的な昆虫です。全身が鱗(うろこ)のような毛で覆われていて、撮影しようと思って黒バックの紙の上に置くと、毛がポロポロ落ちるんです。ただ、それがキラキラしてきれいだなと思って、そのまま撮影しました。

片桐:シミは、よく本の間にいますよね。前に一度舞台で、古本屋さんのお芝居をやっています。主演の谷原章介さんが書店の主人役で、「今日は本じゃなくてシミを探しましょう」と実際にはいないシミを探すシーンがあって。シミは漢字で「紙魚」と書きますけど、主食が本(紙)というわけじゃないですよね。

丸山:はい、さまざまな有機物を食べます。実は今、自宅でシミを飼っているんですよ。結構シミが好きになっちゃって、仕事ではなく趣味で。餌としてティッシュをあげています。

片桐:えっ⁉ ティッシュペーパー。

丸山:飼育するケースに入れておくと、ティッシュを食べて穴が開いてボロボロになります。

片桐:何匹ぐらいに増えるんですか。

丸山:もう放っておくと、夏の間に赤ちゃんがいっぱいいるような感じ。けれども、霧吹きなどでケース内を湿らせ過ぎちゃうと死んじゃうんです。湿気があり過ぎても、なさ過ぎてもダメで気を遣います。

片桐:うちもコブナナフシを飼っています。沖縄に行って家族で捕まえた4匹に、虫屋さんで購入した4を加えた8匹が、気づいたら200匹ぐらいに増えちゃいました(苦笑)。

丸山:コブナナフシは日本の気候に合っていますからね。

片桐:ナナフシは子ども時代に見たことがなく、大人になって家族で昆虫採集イベントに参加した際に見たのが初めて。桜の木の周りで大量のナナフシがいました。ただ、あの細い体を生かして枝とか葉に擬態する姿が見たかったのに、真緑のナナフシが濃い茶色の手すりに止まり、隠れている気になっているんですよ。「いやいや、擬態ができていないから。自分のポテンシャルを分かってないじゃん」と、思わず突っ込みました(笑)。それでも、かわいいんですよね。

丸山:実は単為生殖のナナフシモドキは、オスが生まれて交尾をしても受精せず、用をなしていないことが分かったんですよ。メスばかりで、オスが生まれるのは稀なので、もう必要がなくなったんじゃないかな。

片桐:うちのコブナナフシもメスしかいないのに、卵をボコボコ産みます!しかし最初は、そういった知識が全然なかったです。家族で標本作りのワークショップや虫取りイベントに参加したりして、大人になってから虫を取るとか、虫を知るってこんなに楽しんだと気づきました。今年も家族で夏休みに国立科学博物館の特別展「昆虫 MANIAC」へ行って、そのあと仕事でも行きました。そこで聞いたトークでは、葉っぱや茎にクルミみたいな玉(虫こぶ)を作って、その中で幼虫が育つというタニバチの話が面白かったです。

丸山:虫こぶを潰すとインクの原料になるという。

片桐:そのインクは1000年ぐらい前から使われたそうで、それを研究する人がいたわけですよ。昆虫の研究は、ものすごく細分化されていますよね。

丸山:世界に500万種いるとされる昆虫には切りがない。当然、研究者は全部を追えないですから、どうしても極めようとすればマニアックになっていきます。

写真としての美しさと研究成果のいいとこ取り

片桐:先生は今回の撮影も含めて、カメルーンに行ったと聞きました。お目当ての昆虫は何だったのですか?

丸山:サスライアリと、それと共生するハネカクシを中心に取りに行きました。季節を変えて4回連続でカメルーンへ。3回目までは何回か“当たり”がありましたけど、4回目はどれも見たことがある昆虫ばかりで正直、飽きてしまいました(苦笑)。

片桐:アリや好蟻昆虫の周りにも、ご褒美みたいな昆虫が来ることもわけですよね。例えばゴキブリでも色が白かったり、メタリックだったりすると、すごく当たり感がありません?

丸山:あります。ゴキブリでもこの写真集に載っているタマムシモドキゴキブリなど、美しいものがいますから。ただ、形自体は典型的なゴキブリですけど……。

片桐:やっぱりゴキブリは嫌だな~。特に妻は昔、ゴキブリがどうしてもダメで、目の前に現れたら地獄の果てまで追いかけないと寝られないタイプ。でも最近は夜に見つけても「まあ、いいか」と見過ごすようになりました。成長ですね。

丸山:そういうのが大事。昆虫が好きと嫌いの中間みたいな大人っているじゃないですか。だから、その中間にいる人たちが、ちょっとでも昆虫が好きな方に傾いてくれたらいいなという思いがありました。それが『神秘の標本箱』をつくった理由のひとつです。

片桐:写真や映像で見るのも嫌いという人もいるけど、この本は写真としての美しさと研究成果をまとめた両方のいいとこ取りですからね。また、研究者の話を聞くと面白いんですよ。それに人間はたかだか100万年の歴史ですけど、昆虫は4億年! 昔から地球にいるわけだから哺乳類とは進化が全然違う。何を考えているのか分からない神経も気になる(笑)。

丸山:種類も多いから、研究対象のバリエーションがあります。暮らし方ひとつをとっても、それぞれの昆虫の話が尽きないところが面白い。

片桐:この対談も話が尽きませんね。先生、今度またゆっくりお話を聞かせてください!

(2024 年 11 月中旬、KADOKAWA にて)

取材・文=小林智明 撮影=吉澤広哉

片桐仁(かたぎり・じん) 1973年埼玉県出身。俳優、彫刻家。多摩美術大学在学中に、後に伝説となるコントグループ「ラーメンズ」を結成。舞台を中心に、ドラマ、ラジオ、雑誌等で活躍中。俳優業の傍ら、粘土創作活動を行う。また無類の昆虫好きとして昆虫への造詣が深く、昆虫学者らとの交流も広い。著書に『粘土道完全版』(講談社)、『ラーメンズ片桐仁のおしえて何故ならしりたがりだから』(TOKYO NEWS MOOK)など著書多数。

丸山宗利(まるやま・むねとし) 1974年東京都出身。昆虫学者。北海道大学大学院農学研究科博士課程修了。博士(農学)。 国立科学博物館、フィールド自然史博物館(シカゴ)研究員を経て2008年より九州大学総合研究博物館助教、2017年より准教授。アリと共生する昆虫を専門とし、国内外で数々の新種を発見。深度合成写真撮影法を考案し、研究のかたわら、さまざまな昆虫の撮影を行う。 『角川の集める図鑑 GET! 昆虫』、『驚異の標本箱―昆虫―』(ともにKADOKAWA)など監著書多数。2024年には日本動物学会「動物学教育賞」を受賞。2024年12月11日に最新刊『神秘の標本箱―昆虫―』が発売。

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