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本当に恐ろしいのは戦争か?疫病か?はたまた…名画を通して過酷な運命と闘い続けた人間の本質をひもとく『災厄の絵画史』

  • 2024.9.29
ダ・ヴィンチWeb
『災厄の絵画史』(中野京子/日本経済新聞出版)

作家でドイツ文学者の中野京子氏による書籍「怖い絵」シリーズは、名画に隠された残酷なストーリーや歴史の暗部に迫ることで絵画の新しい魅力を伝え、美術好きだけでなく、ふだん絵画に触れない人や若い層にも人気を集めヒットした。そんな著者が、名画を語る新しいテーマとして選んだのが、「災厄」。本書『災厄の絵画史』(中野京子/日本経済新聞出版)で、パンデミックや自然災害、戦争などをテーマにした名画から、災厄と戦い続ける人間の歴史をひもといている。

本書が紹介するのは、ミケランジェロ・ブオナローティがシスティーナ礼拝堂の天井に描いた「大洪水(=ノアの箱舟)」から、古代に始まり第一次世界大戦に至るまでの戦争画、疫病の流行をきっかけに生まれた作品までさまざま。従軍経験がある画家が描いたリアルな戦地の絵や、社会の分断を皮肉る風刺画、オランダで描かれたちょっと変な「明暦の大火」の絵まで、表現のアプローチも多岐にわたっている。

中野氏は、名画そのものの魅力やストーリーに加えて、作品が描かれた背景である災厄に関する史実や、絵画に込められた画家の思いも伝える。中でも、コロナ禍を経験したばかりの私たちにとって興味深いのが、ペストやコレラ、天然痘、スペイン風邪など、歴史上のパンデミックの最中に描かれた作品たちだ。

ヨーロッパの人口の3分の1を減らしたと言われる14世紀のペストのパンデミックが、中世の終焉やルネサンスにつながったこと、スペイン風邪の流行が第一次世界大戦の終結を早めたことなど、時代を転換させてきた疫病の歴史に驚く。また、天然痘ワクチンの賛否をめぐる騒動は現代に通じていてリアルで、他人事とは思えない。絵画でロマンティックに描かれてきた結核や、ペストが『ロミオとジュリエット』の悲劇に大きく関与したことなど、疫病と文学の関連も興味深く、知的好奇心をくすぐる。

災厄をテーマにした絵画で描かれるのが、絶望や苦しみだけではないのも面白い。ワクチン開発の試行錯誤、著名人が梅毒感染を隠そうとしたこと、「死」の象徴なのにやたら楽しそうな骸骨の姿などからは、人間の強さや愚かさ、そして災禍でも手放せないユーモアを感じる。災厄の名画を味わうことで、非常時だからこそ滲み出てしまう人間の本質に触れられるのだ。

災厄の絵画は、疫病も戦争もなくならない現代の困難への得策を教えてくれるわけではないが、いつの時代も悩み、しかし前を向いてきた人間という存在の魅力を伝えてくれる。これこそ芸術鑑賞の醍醐味だ。名画を知りたいが何から見ていいのかわからない、そもそも絵画の良さがわからないという人は、本書を開いてほしい。知らなかった名画の楽しみ方を教えてくれる1冊だ。

文=川辺美希

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