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治療はハイリスク? 突然に記憶を失う「解離性健忘」の症例2つ

  • 2016.2.23
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こんにちは。エッセイストでソーシャルヘルス・コラムニストの鈴木かつよしです。

『解離性健忘(かいりせいけんぼう)』 という病気をご存じでしょうか?

俗に“記憶喪失”と呼ばれているもので、『ある心的ストレスをきっかけに出来事の記憶をなくす』ことをいい、『多くは数日のうちに記憶がよみがえりますが、ときには長期に及ぶ場合』もあるそうです。

ややミステリアスな感じがある精神神経科領域の病気ですので、しばしばサスペンス・ドラマや映画のモチーフとして使用されます。

ただ、あまり身近に患者はいないというのがおおかたの感想ではないでしょうか。

筆者は以前事務方の職員として勤務していた医療福祉大学で、附属病院の医師たちから実際にあった解離性健忘の症例と、いかにして治療したかという話を直接聞きました。

みなさまにご紹介させていただくと同時に、この病気に関して筆者が思うことに触れてみたいと思います。

●症例1 自動車事故の発生数時間前から事故後約1週間のことをまるで覚えていない男性

大学附属病院勤務の医師から聞いた症例です。

事故当時30代の男性。妻と小学校に上がる前の2人の子どもとの4人家族全員で、男性が運転する車で楽ドライブ旅行に出かけたそうです。

そのさなか、居眠り運転の大型トラックに追突される大事故に遭遇し、自分以外の家族全員が即死するという悲劇にあってしまいました。

この男性は筆者が働いていた大学附属病院に入院した当初、事故が発生する数時間前から事故後約1週間のことをまるで覚えていなかった そうです。

ところが、事故に遭う前の家族と過ごした楽しい日々の記憶はちゃんとあるのです。

病室で食事をとったりテレビをつけて見たりという日常的な動作に関する記憶も保たれているので日常生活は問題ありません。

また、新たに入ってくる情報もきちんと記憶できていたということです。

●症例2 恋人に捜索願を出された女性

これも大学附属病院勤務の別の医師から聞いた話です。

この先生がメディアに向けても折に触れて話している症例なので、「似たような話を聞いたことがある」という方もおられるかもしれません。

ある会社で営業事務に携わっていた20代後半の女性。10歳ほど年上の営業部の先輩男性とおつき合いをしていらしたそうです。

とある金曜日の晩、先輩男性は彼女にプロポーズをしようと思い、フランス料理店でディナーの予約をし、早めに店に入って彼女が来るのを待っていました。

ところが、いくら待っても彼女は来ません。男性は仕方なく「ふられたみたいだ」と諦めて店を出ます。

ただ、話だけはしたいと思い翌日の土曜日、翌々日の日曜日と彼女への連絡を試みますが連絡は取れず。

仕方なく彼女も出社する月曜日に会社で話をしようと思っていたところ、会社にも出勤しなかったのです。

一度会ったことのある彼女の母親にも連絡を取ると金曜以降は母親のところへも行っておらず、この時点でいよいよ心配になった先輩は警察に捜索願を出します。

すると数時間後、繁華街をフラフラと徘徊(はいかい)する彼女を保護したとの連絡が警察から入ったのです。

自分が誰で今いる場所がどこなのかもわからない『全生活史健忘』 の状態でしたが、携帯していた運転免許証で身元が確認できたため、唯一の身内である母親の元へ帰れたようです。

治療のために病院へやってきた女性は最初、何一つ覚えていない自分を不安がり、苛立ち、抑うつ状態となりました。

しかし、本人の「記憶を取り戻したい」という意思が強かったため、専門的な治療を受けることにしたのです。

治療は、混乱を抑えるための催眠薬を用いた面接(これについては後ほど詳述いたします)をするという専門的な方法で行われましたが、これによって少しずつ、女性が忘れてしまった“全生活史”が断片的にではあるにせよ、わかってきたといいます。

要点だけを言いますと、女性は少女時代に実の父親から虐待を受けて育ち、彼女を虐待していた当時の父親に顔や年齢や背格好が似通った先輩と、恋人同士の関係になっていたのです。

その先輩からプロポーズされそうな気配を察知した女性の心に、

「少女時代、自分を虐待しつづけた父親にこれ以上近寄って行ってはいけない」

という脳内からの命令が働き、錯乱した女性の精神はそれまでの人生の全ての記憶を消し去ることによって「どうしよう、イヤだ」という感情から自分自身を守ったらしかったのでした。

●解離性健忘の治療に有効な『アモバルビタール・インタビュー』という方法

症例1の男性も症例2の女性も、聞くところによればその後記憶を取り戻して現実の状況を受け入れ、完全にとまではいえないものの社会復帰を果たしていらっしゃるそうです。

お二方とも、『アモバルビタール・インタビュー』 という専門的な治療を受けて徐々に記憶を回復しまたした。

最後にこの『アモバルビタール・インタビュー』という解離性健忘の治療方法についてご説明します。

アモバルビタール・インタビューとは、催眠薬のアモバルビタール(amobarbital)を静脈内に注射しながら半覚半睡状態で面接を行うことにより、抑圧されている感情を解放し内的葛藤や心的外傷を語らせ、患者の精神内界を明確化する方法です。

傷ついた体験を無理やりに聞き出そうとするのではなく、混乱や恐怖を抑えるために催眠薬を利用して面接を行い、少しずつ過去の記憶を探り出し、引き出して行くのです。

今回、解離性健忘の症例としてお話しさせていただいた二人の患者さんは、二人ともこのアモバルビタール・インタビューの治療を受けて、記憶を回復されました。

しかし、この治療方法には間違った記憶を創り出してしまうリスク も一定の割合で内在していることは認識しておかなければなりません。

十分に経験を積んだ専門医による治療が安全になされさえすれば、解離性健忘の患者さんが向き合えなかった過去の記憶にたどり着き、快方へ向かうことは決してまれではないようです。

【参考リンク】

・解離性障害 | 厚生労働省(http://www.mhlw.go.jp/kokoro/know/disease_dissociation.html)

●ライター/鈴木かつよし(エッセイスト)

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