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King Gnu井口理の“俳優としての才能“がスゴい。映画『ひとりぼっちじゃない』にみる魅力

  • 2023.4.10
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ある歯科医の不思議な日常を描く映画『ひとりぼっちじゃない』が、2023年3月10日(金)から公開されている。

女子SPA! ©2023「ひとりぼっちじゃない」製作委員会

「King Gnu」のメンバーであり、俳優としても活躍する井口理の初主演作品だ。同バンドで歌う井口を想像しながら本作を観た観客は、おそらく驚くだろう。

「イケメンと映画」をこよなく愛する筆者・加賀谷健が、アーティスト感を封印し、俳優に徹する井口理の演技を解説する。

カリスマ的なイメージを壊す“俳優映画”

ああ、この映画よくわからないな。と思っても、諦めずに目を凝らしてみるとどうだろう。高校の古文テストに似ていて、一度わからなくなるとストーリーを楽しむことはできなくなる。すると残るは、俳優の演技に集中するしかない。『ひとりぼっちじゃない』は、そういうタイプの映画だ。

主人公・ススメを演じるのが、「King Gnu」の井口理ということで期待は十分でもあった。筆者は本作を劇場で見る前、地下鉄の改札前で井口が映る広告を目にした。サントリーのウイスキー「碧Ao」の広告ビジュアルに岡田将生とツーショットで写る井口は、クールなたたずまいでいかにもアーティスト然としている。この広告を見たあとでは、本作から受ける印象はあまりに違うだろう。

本作には、「King Gnu」でイメージするカリスマ的な井口はどこにも見当たらないからだ。黒目の半分に瞼(まぶた)がかぶさり、終始なんだか頼りない表情を浮かべている。カリスマ的なイメージを全力で壊しにかかる井口の“俳優映画”をどう観るか。

アーティストが俳優になること

本作の井口がここまで普段のアーティストイメージ(ないしはビジュアル)と違うのか。理由は簡単。俳優として画面上に存在することにだけ徹しているからだ。

ファッションブランド「GUCCI」一族の争いを描いた『ハウス・オブ・グッチ』(2021年)で、主人公の妻を演じたレディ・ガガがまさにそうだった。アーティストとしてステージに立つときの派手なビジュアルを脱ぎ捨て、ほとんどすっぴん顔で悪妻役を熱演していた。

同作のガガのように井口も映画に出演(ましてや初主演)するからには、カリスマ的なアーティストの姿をここはきっぱり封印する。映画俳優に徹する丸裸の自分をカメラの前にさらけ出す。アーティストが俳優になることは、こうした潔い覚悟が前提にある。

さえない日常感を見事に表現

アーティストが俳優になったら、全員が全員、ガガや井口のようになるわけではない。例えば、福山雅治の場合、「ガリレオ」シリーズに顕著なようにアーティストとしても俳優としてもカリスマ性を強く押し出している。福山のイメージにはかっこよさが絶対に必要だ。

逆に井口は、徹底的にカリスマ性を感じられないように心がけている。井口が演じる歯科医師・ススメは、陰気な性格で、人とあまりうまくコミュニケーションが取れない。映画冒頭からとにかくさえない印象を与え続ける。

ススメが勤めるクリニックの院長からも看護師からも全然相手にされず、帰りに立ち寄る中華屋では水のお代わりすらもらえない。横柄な態度の店員に気圧されて、空のコップをテーブルの隅っこに置き、注いでくれサインを出すのがやっと。このさえない主人公の日常を井口は見事に表現している。

俳優としての才能に恐れ入った瞬間

本作はストーリーがあってないようなものというか、あらすじ的にはよくわからない。ところが、俳優としての井口の魅力に気づいた途端、彼の演技にぐんぐん引き込まれる。

ススメには一応好きな相手がいる。植物だらけの部屋で植物園のような空間を作る宮子(馬場ふみか)が謎の人物として映る。馬場のポカンとしたミステリアスな雰囲気が井口の演技を引き出す。いつもはススメが宮子の部屋に通う側なのだが、右足を骨折した彼の家に宮子がやってくる場面が素晴らしい。

料理を作るねと言ってサラダを運んできた彼女の足元にススメが腹ばいになって近寄る。彼女の右足首に誕生日プレゼントのアクセサリーをつけてやる。宮子は足元を見て綺麗と一言だけ発し、ススメは頭上を仰ぎ見る。この低いポジションでの井口の表情、上を向くタイミングなど、完璧に計算されている。俳優としての才能に恐れ入った瞬間だ。

井口理が俳優として歌う童歌

ただここで改めて思い出してもらいたい。井口理は普段、「King Gnu」のヴォーカルを担当し、キーボーディストでもある。いくら俳優に徹するからと言っても歌を歌いたくないわけではないだろう。でも井口が演じるススメは、歯科医であり、歌手ではない。

本作には最低限の効果音以外に音楽はない。もちろん井口がヴォーカルメロディを吹き込んだ主題歌もない。そのかわり、ススメが言葉につまったときに唾を飲み込む音や井口の吐息が生々しい効果を生んでいる。

ギブスが取れて右足が自由になったススメが薄暗い部屋で立ち上がる瞬間、今度は両足を思い切りつってもだえる場面がある。立ち上がれず、床に仰向けになったススメが口ずさむのはなんと童歌(わらべうた)だった。歌詞と歌詞の間で唾を飲んで大きく喉を鳴らす表情を見て、思わず膝を打った。アーティスト感を封印したはずの井口理が俳優として歌う童歌が聴けるとは思わなかった。

<文/加賀谷健>

【加賀谷健】

音楽プロダクションで企画プロデュースの傍ら、大学時代から夢中の「イケメンと映画」をテーマにコラムを執筆している。ジャンルを問わない雑食性を活かして「BANGER!!!」他寄稿中。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業。Twitter:@1895cu

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