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「みんな僕がフランス人だってことを忘れている」40年ぶりに母国で挑んだ『愛人/ラマン』の巨匠ジャン=ジャック・アノーを直撃!

  • 2023.3.31
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2019年4月15日、パリのノートルダム大聖堂が炎上するシーンをテレビで見て、まるで地球の底が抜け落ちるような衝撃を受けた人は多いと思う。めらめらと燃え上がる大聖堂をただなす術もなく眺めるしかなかった、あのもどかしさは、9.11の悪夢とどこか通底するものがあった。そんなカタストロフを独自の視線で見つめる人物がいた。『薔薇の名前』(86)や『セブン・イヤーズ・イン・チベット』(97)で知られるフランス映画界の巨匠、ジャン=ジャック・アノーだ。彼がこのニュースを見てなにを感じ、なぜ、未曾有の大火災を克明に再現する15年ぶりの監督作『ノートルダム 炎の大聖堂』(4月7日公開)に着手することになったのか。東京とパリをつないだオンラインの単独取材で製作の動機や撮影の内幕について訊いた。

【写真を見る】美しきブラッド・ピットの姿を拝める『セブン・イヤーズ・イン・チベット』もジャン=ジャック・アノー監督作

「誰も映画化しようとしなかったので自分で脚本を書き始めた」

あの日、アノー監督は自宅があるパリではなく、フランス西部のヴァンデにいたという。「たまたまいた海辺の小さな家にあるテレビがうまく映らなくて、ラジオで火災の状況を追っていました。でも、それが返ってよかった。もともとノートルダムのことはよく知っていたから、ラジオのリポートを聞くだけで僕にはビジュアルが見えたんですよ。話が進むに連れて、これはハリウッドの優れたサスペンス映画みたいだと思いました。ノートルダム大聖堂という美しいスターがいて、火災という悪魔のようなヴィランがいて、そこにエモーションが追随してきて、ポジティブなエンディングがあって。だから、側にいた妻に言ったんですよ、『多分、いろんな人たちがこれを映画にしようと思うだろう』って。だから1年間くらい放置していたんです。でも、誰も作ろうとしなかったので自分で脚本を書き始めました」。

燃え上るノートルダム大聖堂に挑む消防士たちの姿を捉えた [c] 2022 PATHÉ FILMS – TF1 FILMS PRODUCTION – WILDSIDE – REPÉRAGE – VENDÔME PRODUCTION
燃え上るノートルダム大聖堂に挑む消防士たちの姿を捉えた [c] 2022 PATHÉ FILMS – TF1 FILMS PRODUCTION – WILDSIDE – REPÉRAGE – VENDÔME PRODUCTION

本作の見せ場の一つは、演出された映像と当時一般の人々が携帯で撮影した実際の映像とがスプリットスクリーンによって左右同時に映しだされるシーンだ。携帯の映像はSNSを通じて募集したものだ。

「SNSで呼びかけたのは僕のアイデアです。世界中の人が見ていたし、テレビには映らないシーンもありましたからね。そこでSNSを使って映像の提供を募ったら、あっという間に3万5,000もの動画が送られてきました。映像の選定のために特別にスタッフを配置したほどです。そのなかには何時間も撮影し続けたノートルダムの近隣住民の方が送ってくれたものもありました。驚いたのは、彼らの映像と、すでに僕たちが撮り終えていた映像と完全にマッチしていたことです。自分たちが火災現場を完璧に再現できていたことに。それは大聖堂と似た撮影場所に恵まれたことも大きかったと思います」。

大規模なセットを炎上させての撮影とVFXの融合で、驚愕の迫真性と映像美を実現した [c] 2022 PATHÉ FILMS – TF1 FILMS PRODUCTION – WILDSIDE – REPÉRAGE – VENDÔME PRODUCTION
大規模なセットを炎上させての撮影とVFXの融合で、驚愕の迫真性と映像美を実現した [c] 2022 PATHÉ FILMS – TF1 FILMS PRODUCTION – WILDSIDE – REPÉRAGE – VENDÔME PRODUCTION

「僕がやりたかったのは黒澤明やデヴィッド・リーンのように、どこかほかの場所に連れて行ってくれる作品」

世界遺産の未曾有の大火災だったが、死者数がゼロという奇跡も起きた [c] 2022 PATHÉ FILMS – TF1 FILMS PRODUCTION – WILDSIDE – REPÉRAGE – VENDÔME PRODUCTION
世界遺産の未曾有の大火災だったが、死者数がゼロという奇跡も起きた [c] 2022 PATHÉ FILMS – TF1 FILMS PRODUCTION – WILDSIDE – REPÉRAGE – VENDÔME PRODUCTION

作品の成否を決定づける撮影地に関しては、フランス国内にいつくかある大聖堂を上手に組み合わせたものだとか。

「僕は中世の建築物について勉強していて、もともとゴシック様式の大聖堂に関しては詳しかったんです。そこで、主役(ノートルダム大聖堂)は焼け落ちて使えないわけですから“ボディダブル”を探しました。まず足を運んだのはパリの南にあるサンスです。そこにはノートルダム大聖堂と同じ建築家が手掛けた史上初のゴシック様式のサンス大聖堂があって、床が同じ素材ですし、礼拝者が座るあたりの設が酷似していたので、これは使えるなと。一方、尖塔の部分はフランス中部のブールジュへ移動して、俗に“ノートルダム大聖堂の娘”と呼ばれている大聖堂で撮りました。ですから、ローアングルはサンス、ハイアングルはブールジュ、燃やさなければいけない箇所はパリ南東部にあるブリ=シュル=マルヌのスタジオにセットを組んで燃やしました。再現したセットに足を踏み入れた大聖堂の関係者はみんな驚いていましたよ。というのも、使われている石は本物と同じ採石場から運んできたもので、それでノートルダムのアイコンであるガーゴイル(怪物の姿をした雨樋)を作ったのですから。そんなパズルのような組み合わせがこの映画の楽しさでありマジックだと思います」。

現場で指示を出すジャン=ジャック・アノー監督 [c] 2022 PATHÉ FILMS – TF1 FILMS PRODUCTION – WILDSIDE – REPÉRAGE – VENDÔME PRODUCTION
現場で指示を出すジャン=ジャック・アノー監督 [c] 2022 PATHÉ FILMS – TF1 FILMS PRODUCTION – WILDSIDE – REPÉRAGE – VENDÔME PRODUCTION

クライマックスでは6人の若き消防士たちが燃え盛る炎の中に飛び込んでいく姿を描いて、観客のエモーションに訴えかけてくる。それを見ると、9.11関連の作品や火災映画の名作『タワーリング・インフェルノ』(74)を連想させ、これまでも、フランス映画の枠に収まらない活動を続けてきたアノー監督ならではの最新作だと感じる。

「みんな僕がフランス人だってことを忘れているのです(笑)。例えば、アメリカとかカナダに行くとカナダのフランス語圏に住んでいるカナダ人だと思われるし、そもそもほとんどのフランス人が僕のことをフランス人だとは思ってない。考えてみたら、映画学校に通っているころからヌーヴェルヴァーグなんかには全然興味がなかったですね。僕がやりたかったのは黒澤明やデヴィッド・リーンのように、どこかほかの場所に連れて行ってくれる作品でした。だから、いまだに広大なロケ地でスペクタクルなセットを組んで大きな物語を語るのが好きです。僕自身が感情を喚起されるような。僕が生涯をかけてやろうとしているのは、観客にエモーションを与えること、そして、大きなスクリーンで彼らを包み込んで映画的な体験でいっぱいにすることです」。

ノートルダム大聖堂という建造物だけではなく、中に保管された数々の歴史遺産も救出しなくてはならない消防士たち [c] 2022 PATHÉ FILMS – TF1 FILMS PRODUCTION – WILDSIDE – REPÉRAGE – VENDÔME PRODUCTION
ノートルダム大聖堂という建造物だけではなく、中に保管された数々の歴史遺産も救出しなくてはならない消防士たち [c] 2022 PATHÉ FILMS – TF1 FILMS PRODUCTION – WILDSIDE – REPÉRAGE – VENDÔME PRODUCTION

「言語は問題じゃない。感情が伝わればどんな言語でも演出できる」

「アジアにいるととても幸せな気持ちになれる」と明かしたジャン=ジャック・アノー監督 Photo credit:Guy Ferrandis
「アジアにいるととても幸せな気持ちになれる」と明かしたジャン=ジャック・アノー監督 Photo credit:Guy Ferrandis

アノー監督の作品はロケ地も世界各国に飛んでいる。監督デビュー作の『ブラック・アンド・ホワイト・イン・カラー』(76)はコートジボワール代表としてアカデミー外国語映画賞(現・国際長編映画賞)を受賞し、『愛人/ラマン』(92)はベトナム、ブラッド・ピットを主演に迎えた『セブン・イヤーズ・イン・チベット』はチベットとアルゼンチン、前作の『神なるオオカミ』(15)は中国の内モンゴルで撮影した。最新作は実に40年ぶりのフランスでのロケ作品である。

「本作のエグゼクティブ・プロデューサーに最新作の話をしたら、即答で『パスポートを新しくしたばかりだから大丈夫だよ』と言われたから、こう答えたんです、『心配いらないよ、今回はメトロカード1枚で済むから』って(笑)。確かにフランス語の映画を作ったのは40年ぶりです。『神なるオオカミ』は中国語でしたからね。でも、言語は問題じゃない。感情が伝わればどんな言語でも演出できると思っています。これまで世界を旅してきましたが、特にアジアには格別な思い入れがあります。文明、物事を真剣に受け止める姿勢、それらはアジア独特のものです。日本、韓国、中国、ベトナム、カンボジア…アジアにいるととても幸せな気持ちになれるのです」。

マルグリット・デュラスの小説を基に、15歳の少女と中国人青年の愛人関係を描いた『愛人/ラマン』 [c] EVERETT/AFLO
マルグリット・デュラスの小説を基に、15歳の少女と中国人青年の愛人関係を描いた『愛人/ラマン』 [c] EVERETT/AFLO
チベットを舞台に、若き日のダライ・ラマと伝説の登山家の魂の交流を映しだす『セブン・イヤーズ・イン・チベット』 [c] EVERETT/AFLO
チベットを舞台に、若き日のダライ・ラマと伝説の登山家の魂の交流を映しだす『セブン・イヤーズ・イン・チベット』 [c] EVERETT/AFLO

さて、次のロケでは久しぶりにパスポートが必要なのだろうか?「わかりません。そろそろ契約締結なのですが、言ってはいけないことになっているのです。いつもどおり複雑な作品になりそうでして、ロケ地に関しても様々なアイデアがあるのですが、例えば、綺麗な森なら日本にもチリにもベトナムにもある。だから世界中をロケハンして自分にとって最良のコンビネーションを考えたいです。(新型コロナウイルスの)パンデミック以前は1週間で3回飛行機に乗るようなパイロットみたいな生活でした。それが、ここ1年はどこにも行けてない。今回も大好きな日本に行けなかったのが残念です。旅をして、現地の人と触れ合うことで見えてくるものがありますよね。我々の違いというのは、我々に共通しているものに比べれば実に些細なことなのです」。

 『ノートルダム 炎の大聖堂』は4月7日(金)公開 [c] 2022 PATHÉ FILMS – TF1 FILMS PRODUCTION – WILDSIDE – REPÉRAGE – VENDÔME PRODUCTION
『ノートルダム 炎の大聖堂』は4月7日(金)公開 [c] 2022 PATHÉ FILMS – TF1 FILMS PRODUCTION – WILDSIDE – REPÉRAGE – VENDÔME PRODUCTION

取材・文/清藤秀人

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