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【モテの極意】恋のトラウマをトラウマ的に科学したならば……

  • 2015.11.30
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いつの頃からか「トラウマ」という言葉がふつうに使われるようになりました。

「あたし、彼にフラれたことがトラウマで……」というように。

traumaは、古代ギリシア語で傷を意味します。

ガーゼをちょっとあてがっているうちに治ったというような「ちょっとした傷」のことではなく、

児童虐待や性虐待、戦争、大規模な自然災害などによって生まれた傷のことを指します。

本項では「ちょっとしたトラウマ」について見ていきたいと思います。

人々がトラウマを語る理由

人は、その人固有の「物語」を持っています。

本能を持っていないわたしたち人間は、物語がないと生きてゆけないから、

誰だって物語を持っています。

その物語のなかには、完結していない章があります。

手ひどく彼にフラれた物語というものは、

それ以上書きようがないので、未完成のままです。

人はきれいに完結した章より、未完の章に気がいくので、

どうしても未完の物語をずっと覚えており、

それをトラウマだと言わないと「一応の完結を見ないので」、

誰もがトラウマを語ろうとします。

未完成の章は、未完成のままでいい、しかるべき時間が経ったときに加筆すればいい。

こういうふうに思える人は、なぜか少数派です。

 

思い込みを捨てる潔さ

未完の章をトラウマ的な物語だと信じ込んでいる人が知っていること、

それは「次の恋をしないとこのトラウマは消えないのではないか」ということです。

それが分かっているからこそ、「トラウマがど~のこ~の」と言うわけですよね。

あなたが未完成の章だと思い込んでいる章は、じつはそれで完結しているのかもしれません。

児童虐待や性虐待、戦争、大規模な自然災害などによって生まれた傷でもない限り、

それはそれで「了」とするべき章かもしれない。

恋愛上手な女子は、次の恋に進むのがすごくうまいものです。

はたから見ていて「その物語は未完だろう」と思っても、さっさと次の物語を編み出します。

それが100%いいとは言わないですが、恋愛がうまいか下手かと言えば、うまいものです。

 

放置プレイはお好き?

恋愛に限らず、親子の問題も、仕事上の人間関係の問題も、

すべて「あるていど放置しておくとき」が求められるときがあります。

ある時点で物語を勝手に終わらせるから「未完」となり、

それが気になってしかたなく、挙句、トラウマと解釈するようになる。

でも、「いつか完結するから、適当に放置しておき、

しかるべきときがきたら加筆して完結させよう」と思えば、

それはもうトラウマでもなんでもなく、「その人固有のしっかりとした物語」になります。

恋愛で受けた傷は、適当に放置しておく。この潔さが、モテの極意ではないでしょうか。

もっとも「そう思い込んでいる」ことじたいが、トラウマ的発想なのかもしれませんが。