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行動力はあるが"自分"がない…「ログイン前のスマホのような人生」を送る人が幼少期に味わったトラウマ体験

  • 2023.3.26
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社会人生活において、仕事や人間関係など様々な困難を抱えている人は多い。公認心理師のみきいちたろうさんは「トラウマの核心は自己の喪失。子どもの頃にストレスを受け続けると、自分が自分のものであるという根本的な感覚が失われます。こうした自己の喪失も影響し、大人になってからも過緊張や過剰適応、対人恐怖やフラッシュバックなど、心身に様々な症状が生じることがあります。仕事に支障が出ることから発達障害と疑われることも珍しくありません」という――。

※本稿は、みきいちたろう『発達性トラウマ 「生きづらさ」の正体』(ディスカヴァー携書)の一部を再編集したものです。

大人になってからのストレスもトラウマになる

「発達性トラウマ」は“子ども時代に負ったトラウマ”のことです。大人が悩む生きづらさの背景を調べていくと子ども時代に負ったトラウマ(発達性トラウマ)が原因であるということがよくあります。その際は、「複雑性PTSD」とするか、「発達性トラウマによって生じた症状」として見立てられていきます。

「大人になってから受けたトラウマはどうなるの? 同じようにトラウマになるのでは?」と気になるかもしれません。もちろん大人になってからのストレス、例えばハラスメントやDVなどによってもトラウマになり得ます(前記事の眞子さまのケースはマスコミや世間などのバッシングから複雑性PTSDと診断されました)。

ストレスが強い場合は、ADHD、発達障害と疑われるような能力低下を引き起こすこともあります。

まだ研究が途上で、定義が実際のケースに追いついていない部分もあり、トラウマについて正しく理解すればするほどに定義と実際との違いに混乱を感じることがあります。大人でも子どもでも強い、あるいは持続的なストレスを受けたらトラウマになり得る、という理解で間違いはありません。ただ、臨床においてご相談いただくケースでは、子ども時代のトラウマに原因を持つということがとても多いです。

また、やはり、子ども時代に負ったトラウマのほうが大人時代のものに比べてもダメージが大きいというのは実感としても感じます。

アジアの若い女性
※写真はイメージです
トラウマの本質は「自己の喪失」である

トラウマによって様々な症状が引き起こされますが、その中でも核心となるものを踏まえる必要があるということです。核心を踏まえると個別の症状についても理解しやすくなります。

では、トラウマの核心は何か? と言えば、それは「自己の喪失(主体が奪われること、失われること)」です。トラウマを負うと、フラッシュバックや過覚醒といった問題のみならず、自分が自分のものであるという根本的な感覚が失われてしまうのです。特に発達性トラウマなど慢性的なトラウマではそうした感覚が顕著です。

ジュディス・ハーマンも、「外傷は被害者から力と自己統御の感覚を奪う」(『心的外傷と回復』)とし、ヴァン・デア・コークも「トラウマは、自分で自分を取り仕切っているという感覚を人から奪う」「『セルフ(自分そのもの)』によるリーダーシップ」と呼ぶものを奪う」(『身体はトラウマを記録する』)と述べています。

自我が育つためには安定した愛着の基盤が必要

主体が失われる要因はいくつかあります。その一つは、愛着不安に関係するものです。発達段階でトラウマを負ったことによって、愛着を基盤とする自我の形成がうまくいきません。自我が育つためには適切な関係、特に養育者との安定した関係が必要です。しかし、そうした関係が得られなかったために自我も不安定な状態にあります。自己のイメージは過大か過小なままで定まりません。過緊張、過剰適応なども相まって自己の感覚がよくわかりません。機能不全家庭の場合は、親の機能不全を代替する役割が自分そのものと思わされていることもしばしばです。

泣いている男の子を家で抱く親
※写真はイメージです

もう一つの要因は、脳の失調です。脳においては自己認識に関わる領域が目の上から始まり、ちょうど脳の中央を通るように存在しています。

眼窩前頭皮質、内側前頭前皮質、前帯状皮質、後帯状皮質、島とうからなります。

これらは、自分の位置や自己認識、主体性を支えてくれる部位だとされます。「内受容感覚」といって、自分の体の中で起きている感覚を感じられることが自己の主体性の源となります。しかし、トラウマを負っていると、それらが機能しなくなることがわかっています。

他者との関係もうまくいかなくなる悪循環

さらにもう一つの大切な要素として、対人関係の障害があります。人間は社会的な動物であり、自己も社会的な関係からもたらされます。トラウマは、その関係を切断してしまうのです。自律神経の機能不全と脳の失調のために対人関係がうまく築けなくなることも影響します。他者との関係から定まるはずの自己がなく、結果として他者との関係もうまくいかなくなる悪循環が起きてしまうのです。

トラウマの原因となった出来事を周囲とうまく共有できないことも自分を失わせる要素の一つです。本来、トラウマの要因となる出来事は、社会から適切な意味付けがなされる必要があります。それがトラウマの予防や克服に役立ちます。

しかし、多くの場合、共有がうまくいきません。理解されずに失望する。「あなたにも悪いところがあったのでは?」と無理解にさらされて傷つく。さらに、その劇的な体験は言語化できないためにうまく伝えることができないことも悪く作用します。

トラウマは言語野が機能低下するため、イメージできてもうまく言語化されないことがわかっています。そのために、劇的な体験を抱えた自分と、理解しない周囲との間にさらなる断絶が生まれるのです。こうした断絶も自分を見失う結果につながります。

まるで「ログインしていないスマートフォン」

トラウマを負った人の多くは行動力があり、活発にいろいろなことに取り組んでいるために、まさか「自分がない」、などとは思いもしません。「自分はそんなことはない」「自己の喪失なんていう実感はない」とか、「自分は自分で考えて行動もしてきたし、いろいろと取り組んできた。主体、自分がないなんてことはないだろう」と思われるかもしれません。

しかし、哲学や文学などのテーマにもなってきたように、本当に自分が自分そのものであるかはなかなか難しいものです。他者の期待や役割をこなすことが自分であると勘違いしたままということも珍しくありません。多くの場合、様々な症状や生きづらさに悩んだり、年齢が上がるにつれて環境の変化にも直面し、濃淡はありますが、よく考えれば自分がないことに気づくようになります。

私はそうした状況を「電器店にある見本のスマートフォンみたい」と表現します。物理的には動くけれども、自分のIDではログインしていない。自分の身体はあるし、行動はしているけれど、そこに自分がない、自分のものではない。本当の意味で自分によって動いていないし、自分で経験していない。そのために、何かを経験しても積み上がる感覚がない。自分の身になる感覚がないのです。それが一層、自信を失わせることにつながります。

ビジネスパーソンの背中
※写真はイメージです
トラウマで自己喪失するとこんな症状が現れる

トラウマが重いケースではこうしたことが顕著に現れます。下記にリストアップした個別の症状も自己喪失の結果、心身を統御できずに生じているとも考えられるのです。

「トラウマ」がもたらす具体的な症状
①過緊張 ②過剰適応 ③安心・安全感、基本的信頼感の欠如 ④見捨てられる不安 ⑤対人恐怖、社会恐怖 ⑥他人と自然に付き合えない、一体感が得られない ⑦脳や身体の興奮、過覚醒 ⑧能力、パフォーマンスの低下 ⑨フラッシュバック(恥の感覚、自責感など) ⑩ねじれた複雑な世界観 ⑪自他の区別が曖昧になる ⑫理想主義的になる ⑬暗黙のルールがわからない、他者の言葉に振り回される ⑭自信のなさ、スティグマ感 ⑮自己開示できない、自分の人生が始まらない ⑯過剰な客観性、自分の価値観で判断できない ⑰時間の主権を奪われる〜ニセ成熟、更新されない時間、焦燥感 ⑱記憶がなくなる。思い出せなくなる ⑲自分の感情がわからない、うまく表現できない ⑳離人感、現実感のなさ ㉑感覚過敏、感覚鈍麻 ㉒葛藤やフラッシュバックによるパニック症状 ㉓“無限”という世界観

他にもトラウマによって心身に様々な影響が出る

これまでご紹介したこと以外でも、トラウマの影響として様々な症状が起こります。

みきいちたろう『発達性トラウマ 「生きづらさ」の正体』(ディスカヴァー携書)
みきいちたろう『発達性トラウマ 「生きづらさ」の正体』(ディスカヴァー携書)

身体面では、睡眠障害、不定愁訴、頭痛、腰痛など身体の痛み、自己免疫疾患、糖尿病や心筋梗塞、脳梗塞や、がんのリスクの増加など。

精神面では、うつ状態、不安障害、感情調整の障害、強迫性障害、リストカットなどの自傷行為、希死念慮、パーソナリティ障害、摂食障害、双極性障害、解離性障害(重いケースの場合は解離性同一性障害)など。トラウマを想起するような状況を避ける「回避」もしばしば起こります。また、各種の依存症もトラウマの結果としてよく見られます。

重いケースではカウンセリングを続けることができずにドロップアウトしてしまうこともあります。

診断名は、症状をもとにいろいろな名前が付きますが、その奥にある要因がトラウマであることは珍しくありません。

トラウマの存在を前提とした診断とケアへ

医師の神田橋條治氏なども「出会いの当初はすべて受診者を「複雑なPTSD」だと想定」(原田誠一編『複雑性PTSDの臨床』金剛出版)とするなど、今後の臨床心理、精神医療は、まずはトラウマがある、という見立てからスタートすることが当たり前になるかもしれません。

悩む日本人ビジネスパーソン
※写真はイメージです

そして、トラウマによるものでは? と見立てることで、正しい理解やよりよいケアにつながることが期待されます。実際に、医療・看護・福祉の世界では、患者の症状、行動の背後にあるトラウマを理解して対応する「トラウマインフォームドケア」が注目されています。

そうしたことから、従来のようにトラウマの症状を別々に捉えずに、スペクトラム(連続体)と捉えるべきだという提起もなされています。今後、「トラウマおよびストレス関連スペクトラム障害」というような概念に発展する可能性も十分に考えられます。

みきいちたろう
公認心理師
大阪生まれ、大阪大学文学部卒、大阪大学大学院文学研究科修士課程修了。在学時よりカウンセリングに携わる。大学院修了後、大手電機メーカー、応用社会心理学研究所、大阪心理教育センターを経て、ブリーフセラピーカウンセリング・センター(B.C.C.)を設立。トラウマ、愛着障害、吃音などのケアを専門にカウンセリングを提供している。雑誌、テレビなどメディア掲載・出演も多く、テレビドラマの制作協力(医療監修)も行なっている。著書に『発達性トラウマ 「生きづらさ」の正体』(ディスカヴァー携書)、『プロカウンセラーが教える 他人の言葉をスルーする技術』(フォレスト出版)がある。

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