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映画製作禁止、度重なる検閲…権力に挑み続けるロウ・イエ監督が語る、中国社会の縮図と “表現”することへの情熱

  • 2023.1.27
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時代の過渡期にある中国を果敢に撮りあげてきた、中国映画の第六世代として名を馳せるロウ・イエ監督。『天安門、恋人たち』(06)では当局から5年間の映画製作・上映禁止処分を受けたが、2018年製作の監督作『シャドウプレイ【完全版】』も様々な検閲を乗り越えたあと、再度編集を熟考してカットした部分を一部復活させた、文字通り“完全版”としてようやく日本公開となった。

【写真を見る】クールな色気が漂う中国の人気俳優、ジン・ボーランが魅せる大人の輝き

2019年の第20回東京フィルメックスオープニング作品として日本初上映された『シャドウプレイ』は、中国広州市の都市再開発で取り残された一画の洗(シエン)村で、ヤン・ジャートン刑事(ジン・ボーラン)がある事件の真相を執念深く追っていくクライムサスペンス。MOVIE WALKER PRESSでは、2019年にロウ・イエ監督が来日した際にインタビューを敢行。今回の“完全版”公開にあわせて、制作秘話や北京市による検閲についての想いを、4年越しでお届けする。

「人間をしっかりと捉えた映画を作ることで、そこから社会の縮図が見えてくる」

『シャドウプレイ【完全版】』を手掛けたロウ・イエ監督
『シャドウプレイ【完全版】』を手掛けたロウ・イエ監督

ビジネス街に囲まれ、“都会村”と呼ばれていた洗村。ロウ・イエ監督は、2010年にこの村で実際に起きた、立ち退きに反対する住民たちによる騒乱暴動から本作の着想を得たそうだ。「非常に複雑な社会的事件でした。改革開放が進んだ1980年代から、1990年代の経済成長期、2000年代のバブル期を経ての30年にわたる物語が集約されていて、まさに中国が現代化に向かっていくなかで起きた典型的な事件です。本作を撮った時、まだその村が存在していたから、いわば劇中の空間は歴史の標本的なものになりました」と撮影時を振り返る。

『シャドウプレイ【完全版】』の撮影風景(写真は本作のメイキングフィルム『夢の裏側』) [C]Dream Factory Limited (Hong Kong)
『シャドウプレイ【完全版】』の撮影風景(写真は本作のメイキングフィルム『夢の裏側』) [C]Dream Factory Limited (Hong Kong)

冒頭のほうで出てくる、空撮を交えた流麗なカメラワークで切り取られた実際の洗村の映像が印象的だ。「洗村では、高層ビルの窓から見下ろした先で、子どもたちがサッカーをしたりしていたので、そういう空間の処理がおもしろいと思いました。撮影にあたっては、広州市の政府や市役所の方々、洗村の住民委員会の人たちに大変お世話になりました。特にプロダクションデザインの段階では、広州市の地図を基に、洗村や登場人物たちの家などをデザインしていけたのでありがたかったです。いろんな面倒なこともありましたが、無事に撮り終えることができました」。

劇中では、洗村で暴動が起きた最中に、市当局の責任者であるタン・イージエ(チャン・ソンウェン)が転落死する。はたして彼は自殺か、それとも他殺であるのか?ここを起点に、過去と現代が交錯して描かれていく。やがてタンの妻リン・ホイ、その娘・ヌオ(マー・スーチュン)や、開発事業を一手に握る紫金不動産のジャン・ツーチョン(チン・ハオ)、ジャンのビジネスパートナーである台湾人リエン・アユン(ミシェル・チェン)らの様々な人間関係が明かされていき、ヤン刑事も”ある陰謀”に巻き込まれていく。

暴動の最中に転落死するタン・イージェタンとタンの妻リン・ホイ、紫金不動産のジャン・ツーチョン [c]DREAM FACTORY, Travis Wei
暴動の最中に転落死するタン・イージェタンとタンの妻リン・ホイ、紫金不動産のジャン・ツーチョン [c]DREAM FACTORY, Travis Wei

ジン・ボーランのキャスティングについて「この映画を若い世代に観てほしいと思ったことが要因の1つですが、彼に決定する前に、有名無名に関わらず、たくさんの俳優に会いました。そのなかでジン・ボーランに、ひと際魅力を感じたんです。でも、彼からは『はたして僕が刑事役をやれるでしょうか?』と不安そうに聞かれたので、『本物の刑事って、実は刑事らしく見えない人が多いので大丈夫ですよ』と答えました」と笑顔を交えて話す。

また「ジン・ボーランはヤン刑事役にとても興味を持ってくれたし、本物の刑事さんと数週間に過ごしてもらい、いろんなことを基礎から学んでもらったんです。彼はとても飲み込みの早い人で、すぐに刑事の雰囲気を掴んでくれました」と、ジン・ボーランの入念なアプローチについても語った。

【写真を見る】クールな色気が漂う中国の人気俳優、ジン・ボーランが魅せる大人の輝き [c]DREAM FACTORY, Travis Wei
【写真を見る】クールな色気が漂う中国の人気俳優、ジン・ボーランが魅せる大人の輝き [c]DREAM FACTORY, Travis Wei

社会問題に斬り込みながらも、そこに男女の三角関係や家族問題が絡んでいく本作は、伏線も巧妙な人間ドラマとなった。「いくらマクロ的な歴史を撮ろうとしても、やはり限界があります。人間をしっかりと捉えた映画を作ることで、そこから社会の縮図が見えてくるから、あくまでも個人、あるいはその家族の物語として、人間と人間の関係をきちんと描くことが大切です」。

「ドキュメンタリータッチに撮りましたが、実は美術的な工夫がいろいろなされています」

本作には12億円の製作費が投じられており、ド迫力の暴動シーンに息をのむ。手持ちカメラを巧みに使った臨場感にあふれた映像は、あたかもゲリラ撮影をしたような生々しさが感じられるが、撮影においてはしっかりと許可を得て、大勢のエキストラを配した大規模なロケが敢行されたそうだ。

綿密な準備のもと撮影は行われた(写真は本作のメイキングフィルム『夢の裏側』) [C]Dream Factory Limited (Hong Kong)
綿密な準備のもと撮影は行われた(写真は本作のメイキングフィルム『夢の裏側』) [C]Dream Factory Limited (Hong Kong)

「洗村は社会的に敏感な立場にある村で、周囲には警察もいるから、許可なしでの撮影は難しかったし、非常に短い撮影時間しかもらえなかったです。だから、暴動シーンだけは、洗村ではなくそこによく似た別の村で撮影しました。ドキュメンタリータッチに撮りましたが、実は美術的な工夫がいろいろなされています。瓦礫や石ころ、鉄筋の破片などに至るまで美術スタッフに小道具を作ってもらい、誰もケガをしないようにと、すべて作り物で撮影をしました。全方位的に撮影したかったので、美術においては300人以上のスタッフを投入して作り込みを行いましたが、撮影は大変難しかったです」。

「芝居は生ものである」とロウ・イエ監督は説明する [c]DREAM FACTORY, Travis Wei
「芝居は生ものである」とロウ・イエ監督は説明する [c]DREAM FACTORY, Travis Wei

「芝居は生ものである」ということにこだわるロウ・イエ監督、俳優たちに細かい演出をつけず、リアルなシチュエーションを用意することで、そこで生まれた即興的な演技を切り取ることに注力するのだという。「例えばタン役のチャン・ソンウェンには、新鮮なリアクションができるようにと、本番まで暴動の撮影現場を見せませんでした。劇中と同じく、車の中で待機してもらい、カメラが回って初めて現場に入り、大変な事態を目の当たりにするという流れです。僕は常に、役者が演じやすいように、いろんな手を打っておきます。もちろん、撮影前には役者とは役について綿密に詰めますが、僕が求めているのは、感覚を使ったリアルな表現なのです。もちろん何テイクもかけて撮る場合もありますけどね」。

やがてタンたちの三角関係が明かされていく [c]DREAM FACTORY, Travis Wei
やがてタンたちの三角関係が明かされていく [c]DREAM FACTORY, Travis Wei

チャン・ソンウェンといえば、ロウ・イエ組の常連俳優だが、ここまでの重要な役どころを務めるのは初めてのことだったとか。「彼とは何作も組んでいますが、『どんな端役でもいいですよ。ぜひ出演させてください』と毎回言ってくれます。今回オファーした際もすぐにOKをしてくれたのですが、彼は脚本を読んだ時に大きい役だと知って驚いたそうです。彼はそのあとすぐ市役所に行って、そこの雰囲気を勉強しにいってくれました」。

「この映画が語っている真実を見つけ出してほしい」

本作がクランクインしたのは2016年、完成したのは2017年春である。ところが北京市の映画関係部署による審査によって、2年間、繰り返し修正が行われた。中国本土で公開されたのは2019年4月だが、公開後3日間で約6.5億円の興行収入を記録する大ヒットとなりながら、なぜか公開4日目から公開館数と上映回数が急減したのは、なんとも腑に落ちない。その一方で、2019年2月には第69回ベルリン国際映画祭パノラマ部門で上映されるなど、世界的には高い評価を受けてきた。もちろん上映されたのは今回の“完全版”ではない。

中国での公開の7日前まで修正作業が続いたという [c]DREAM FACTORY, Travis Wei
中国での公開の7日前まで修正作業が続いたという [c]DREAM FACTORY, Travis Wei

個人的に“完全版”では、検閲によりカットされていた香港の人気俳優エディソン・チャン(探偵アレックス役)のシーンが復活したことは、大いに喜ばしいと思った。でも、2017年の映画完成から日本公開に至るまで約5年というのは、さすがに時間がかかりすぎている。

当局の厳しい検閲についてロウ・イエ監督は、「やはり実際に起きた事件、しかも政府の汚職関係という構造を描いているので、非常に敏感になったんだと思います」と言いつつ、「でも、こういう事件は、改革開放以降、今日の中国に至るまでよくあったこと。僕自身はそういう社会で人々がどう生きてきたかを描きたいし、あくまでも映画にしか過ぎないので、そこまで抑えつけることはないとも思っています」と述懐する。

観客へのメッセージを語ってくれたロウ・イエ監督
観客へのメッセージを語ってくれたロウ・イエ監督

「映画監督として、自分がどういう意見を持ち、どういう態度でそのことを表明していくべきかと、常に考えています」と語るロウ・イエ監督。「映画として、どういう物語や事件を語り、それを観客のみなさんにどう提示できるかということが重要で、そこはひるむことなく突き詰めていきたい。また、実際に僕の映画を観てくれた方が、それをどう捉えてくださるか?この映画は一体、なにを語っているのかと、真実を見つけ出してほしいです」。

才能に加え、気骨も兼ね備えたロウ・イエ監督には、今後も権力に屈することなく、情熱の赴くままに、映画を作り続けていってほしいと心から願う。また、本作の過酷な撮影現場や、検閲との闘いを、ロウ・イエ監督の妻で共同脚本家でもあるマー・インリー監督が記録したメイキングフィルム『夢の裏側』(公開中)も、あわせてご覧いただきたい。

『シャドウプレイ【完全版】』は公開中 [c]DREAM FACTORY, Travis Wei
『シャドウプレイ【完全版】』は公開中 [c]DREAM FACTORY, Travis Wei

取材・文/山崎伸子

※洗村の「洗」は正確には「さんずい」ではなく「にすい」です

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