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「マスクを着用するとパフォーマンスが低下する」最新の研究が示した"高度な作業"ほど影響大という結果

  • 2023.1.17
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コロナ禍も4年目に突入。これまでどおり職場や学校ではマスク着用を続けるべきなのか。医療経済学の研究者である一橋大学准教授の高久玲音さんは「チェスプレイヤーのデータを検証した海外の論文では、マスクを着用していると、良いパフォーマンスを出せる確率が一定時間、低下することがわかった」という――。

チェスをプレーしているビジネスマン
※写真はイメージです
脱マスクに踏み切った会社も出た

国内で初の新型コロナウイルスの陽性者が確認されたのは2020年1月15日――今からちょうど3年前になる。その間、未知の感染症だった第1波から現在の第8波に至るまで、変異を続けるウイルスに翻弄されながらも、ようやくコロナ前の日常が戻りつつある。世界的にもゼロ・コロナ政策を続けた中国が対策を大幅に緩和するなど、再び「コロナ禍」に逆戻りすることは考えにくいのが現状だろう。

その一方で、コロナ禍で定着した日常的な感染対策をいつまで続ける必要があるのだろうかという疑問も浮かぶ。代表的なのがマスク着用だ。マスク着用がコロナ感染を抑える効果については数多くの有力な研究があり、おおむね着用によって感染はある程度抑えられているといっていいだろう。

その一方で、これほど日常的にマスク着用を続けたことは人類史上初めてのことであり、何らかの副作用がないのかに関しても気になるところだ。多くの人が着用を続けていることをみると、副作用の「実感」はないと考えていいだろうが、マスクは息苦しいので単純に仕事のパフォーマンスが落ちるのではないかという懸念もある。コミュニケーション上も顔が見えないことは大きな情報の損失だろう。実際に、インターネット大手のGMOは実際に「在宅勤務とマスクを続けていたらビジネスでは勝てない」として2022年10月に社内の脱マスクに踏み切った。

チェスの「手の質」でマスクの効果を測定した論文

こうしたマスク着用と仕事のパフォーマンスにかかわる論点に関して、最近クイーンズランド大学のデヴィッド・スメルドン博士が世界的科学雑誌の米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences)に有力な論文を2022年10月末に発表している。

博士が解析の対象としたのは世界中でコロナ禍でも行われていた8531人による45272ゲームに及ぶ膨大な「チェス」の試合の記録だ。チェスは高度に知的なゲームである上に、AIが既に人間のプレーヤーよりも強いこともあり一手一手の質について客観的に判定できる。博士は300万手の評価値を取得し、各プレーヤーのゲームごとの平均的な手の質を数値化した。なお、分析に含まれたのは217の国際トーナメントであり、そのうち71の大会でマスク着用義務があったという。

マスクを着用するとパフォーマンスが21%低下

各プレーヤーが実際にマスクを着用しているかどうかについては、直接的に観察記録はないものの、大会や国ごとに着用が義務化されているかどうかが時期によって異なることを利用した。例えば米国や英国では2020年3月からマスク着用義務がゲーム中も課されたが、ドイツでは課されなかったという。もちろん日本のようにマスク着用の義務はなくとも自発的に着用を続けることは考えられる。ただビデオの映像が残っている試合について確認したところ、着用義務がないにもかかわらず自発的に着用を続けるプレーヤーは少なく、5%未満であることを確認している。

第48期棋王戦挑戦者決定2番勝負第2局、感想戦で対局を振り返る藤井聡太五冠(左)と佐藤天彦九段(右)、2022年12月27日[代表撮影]
第48期棋王戦挑戦者決定2番勝負第2局、感想戦で対局を振り返る藤井聡太五冠(左)と佐藤天彦九段(右)、2022年12月27日[代表撮影]

分析結果はマスクがパフォーマンスに与える影響に関する、初めての頑健な結果を示していた。すなわち、マスクを着用したプレーヤーの手の質の指標は3分の1標準偏差程度低下したという。直観的にわかりやすい結果としては、各プレーヤーが最善手を指す割合を29%から6pt低下させていた。この低下幅は「最善手を指す割合」というパフォーマンス指標の21%の低下に相当する。一方で、試合を左右するような悪手(エラー)を指す確率も上昇したが、上昇幅は大きくなかったという。以上の結果から、マスクの着用は全般的に「良いパフォーマンス」を出せる確率を減少させるが、「悪いパフォーマンス(エラー)」を出す確率には影響をさほど与えないと言えそうだ。

棋士の佐藤天彦9段はマスクを外して反則負けに

また、手の質をゲーム時間別に解析してみると、ゲーム開始直後から数時間はマスクの効果は大きいものの、ゲーム開始4時間後には有意差は確認できなかった。4時間着用を続けると慣れてくるため、素顔とマスクの間の差はなくなったと考えられる。

また、プレーヤーの質でもマスク着用の効果は異なるという。マスクの効果はよりトップレベルのプレーヤーになるほど大きく、質の低いプレーヤーでは差がなかった。また、より多くのトッププレーヤーが集う大会ほどマスクの着用の負の効果は大きかったという。日本でも将棋のトップ棋士のリーグ戦であるA級順位戦において佐藤天彦9段がマスクを外していたため反則負けとなったことがあった。1月10日には日浦市郎8段も「鼻マスク」により反則負けとなっている。彼らのようなプレーヤーでは副作用があることが科学的データでも示されており、将棋連盟はマスク着用規定を再考したほうがいいだろう。

また、年齢によっても結果は異なる。特に興味深いのは、20歳未満や50歳以上といった年齢ではマスクの着用の効果は有意ではなく、ビジネスパーソンに近い年齢層(20歳から50歳)でマスクのデメリットがあったという。

ビジネスシーンでもマスクの副作用はある?

さて、以上の結果はチェスの場合にマスクの着用がパフォーマンスを下げることを明らかにしたに過ぎないが、より一般的な仕事の上でもマスクの着用は有害なのだろうか。少なくともチェスの試合の解析結果から判断すると、マスクの副作用は知的に高度な作業を行う場合に大きいと言えそうだ。

チェスと多くの仕事は異なるが、チェスに近い仕事であればマスクの着用は有害である可能性は高いだろう。例えば、コンピュータープログラミングのような仕事をする際にはマスクは外したほうが集中できるだろうし、そもそも黙々と集中して作業しているだけであれば、マスク着用の意義は感染対策の観点からも低い。漫然と着用を続けるのではなく、むしろ業務効率の観点から作業中に外すよう求めていくことは会社の利益にもつながるだろう。

より会話の要素の強い会議などはどうだろうか。マスクを外したほうがパフォーマンスが上がるのだろうか? これについては、チェスのゲームの分析から得られる示唆は多くないかもしれないが、着用後4時間を超えるとマスクの有無でパフォーマンスに差がないことが示されていることは示唆深い。近い将来、会社までマスクなしで来て、社内では屋内のためにマスクを着用するという企業慣行となった場合には、「着用後すぐの会議」よりもある程度着用に慣れてきてからのほうが良いのかもしれない。

個人的にはなるべくマスクを着用しないようにして1年ほどたつが、大事な会議などで突然マスクを着用すると、マスクに慣れなかった2020年4月ごろの喋りにくさを再び感じるようになっている。常時着用で「マスク慣れ」していた2021年にはまったく感じなかった感覚だ。

マスクを着用したままオフィスで働く人々
※写真はイメージです
仕事の楽しさや幸福が創造性に直結する

こういったマスクとパフォーマンスの関係に関する直接的なエビデンスの他に重視したいのが、仕事の楽しさや幸福感といった要素だ。チェスのゲームの解析はあくまでマスク着用の短期的効果を測定しているものであり、企業において長期的に着用を続ける慣行を続けた場合の効果とは異なる。

特に、マスクの着用は感染対策として続けられている一方で、長時間マスクしたままの業務自体がしんどいといった声もあり、会社や業務の楽しさにも影響しているのではないかと考えられる。多くの研究で従業員の幸福感や仕事を楽しいと思う気持ちは創造性や労働生産性に直結していることが知られていることから(例えばOswald et al. 2015)、マスクがそうしたチャネルを通して企業業績に見えにくい形で負の影響を与えることはあるのではないだろうか。

創造性のあるイノベーションを生み出せるかどうかが企業業績を左右する時代になっている中で、四六時中着用を続ける社会慣行が企業にとって足かせになっていないか具体的な検証も必要だろう。

学校でも黙食をやめると生徒の楽しみが増す

少し文脈は異なるが、私は実際に、学校生活において黙食の廃止や体育の時間などでマスクを外してもいいという指導によって子どもたちが学校生活を「楽しい」と思うようになるのか独自に5000人の調査を行って検証したことがある(高久・王 2023)。ある意味当たり前だが、感染対策を緩めることで学校は楽しくなるようだった。特に、黙食の廃止は「給食の時間」を大幅に楽しいものに変えるようだった。

マスクの着用をはじめとした感染対策を緩めることによって職場の雰囲気が良くなったり、従業員が職場を楽しいと考えるようになる点については、企業もおそらく同じだろう。「楽しさ」は感染者数など客観的に把握できる指標と比して過小評価されがちで、実際に大幅に過小評価されてきたと考えられるが、楽しくないことで大きな業績を上げることは誰しも難しい。

そもそも、公衆衛生上の介入であっても、政策評価のエンドポイントとして満足度の向上や介入による不快感の緩和は重要な要素として考えられている。「健康アウトカム」のみで政策を決めていいということにはもちろんならない。重症化率が低下したオミクロン株では、コロナの感染自体による被害は、多くの人にとって数日間の発熱と息苦しさにとどまる一方で、マスクは毎日着用し続けている。各企業においても業務内容ごとに、あるいは季節によっても異なる感染リスクを見極めながら、着用の基準について見直す機会があっても良いだろう。

やはり感染拡大期はマスク着用すべきか

なお、感染拡大期で「ピーク」を下げることに重要な意味がある場合には、集団的なマスク着用は積極的に推奨されるべきだろう。例えば、感染拡大により医療のキャパシティーが限界を迎え、必要な医療にかかれない患者が続出する場合などがこのケースに該当する。着用によるパフォーマンスの低下はスメルドン博士の論文を読む限り、高度に知的な思考を競争的環境で働かせなくてはならない時に限られることに加えて、マスク着用による副作用は時間とともに減衰するなど、感染が上昇局面となりピークアウトする1~2カ月程度の間であれば多くの人にとって許容範囲だと考えられる。着用によって感染拡大幅を一時的にでも引き下げる効果のほうが重要となる場合はあるし、そう考えて多くの人もマスク着用に協力している。

長期的に見てマスクは効果があるのか改めて考えたい

しかし、いくつかの国では感染が拡大しても取り立ててマスク着用率が高まるようには見えず、マスクの科学的感染抑止効果を認めながらも感染の長期的被害については着用の有無で大差が生まれないと考えているようにみえる。日本でも第8波で感染拡大した地域は第7波が比較的軽微だった地域であることが、感染症の専門家からも指摘されている。一度感染が拡大すれば免疫を獲得する人が増えることで次は軽微に収まる、もしくはマスクの着用などの感染対策により軽微に感染を抑えると免疫を持たない人が多いので次の波で増える……ということであれば、マスクの長期的効果を多くの人が実感することは難しくなるだろう。

マスクの短期的感染抑止効果を科学的見地から認めつつもこれまで定量化されていない「副作用」について考えてみたり、あるいは「波」が今後も永続的に繰り返されることを前提に長い目でどのようにウイルスと付き合うべきか考える必要もあるだろう。

※参考文献
Oswald, Andrew J., Eugenio Proto, and Daniel Sgroi. "Happiness and productivity." Journal of labor economics 33.4 (2015): 789-822.
高久玲音・王明耀(2023)「ポストコロナに向けた子どもたちの学校生活の現状――2022年6月の学校生活調査の結果と予備的解析――」『社会保障研究』第7巻(3号)国立社会保障・人口問題研究所

高久 玲音(たかく・れお)
一橋大学経済学研究科准教授
1984年生まれ。2015年に慶応大学で博士号取得(商学)。一橋大学経済学研究科准教授。専門は医療経済学、応用ミクロ計量経済学。全世代型社会保障構築会議構成員も兼任。

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