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5個入りの菓子パンを1日1個食べ、所持金は50円…コールセンターの契約社員が路上生活者になった過酷な記録

  • 2022.12.28
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コロナ禍は女性にどのような影響を及ぼしたか。この3年間、職を失ったり離婚したりした女性たちの苦境を取材してきたジャーナリストの樋田敦子さんは「もはや貧困は一部の人の問題ではなく、日本全体に広がり社会を不安定にしている」という――。

※本稿は、樋田敦子『コロナと女性の貧困2020-2022 サバイブする彼女たちの声を聞いた』(大和書房)の一部を再編集したものです。

空の財布を見ている人の手元
※写真はイメージです
日本はもはや社会不安が広がる「降格する貧困」の状態

現代フランスを代表する社会学者、セルジュ・ポーガムは、「社会的降格」という概念で、貧者は3つのプロセスを経ていくという。

【1】脆弱ぜいじゃくになる
【2】依存する
【3】社会的絆が断絶する

こうしたプロセスを経て、少しずつハンディキャップが蓄積していくという。

そして貧困には3つの流れがある。

【1】統合された貧困――ここでは貧困は自然現象だ。第二次大戦直後はまさにこれにあたる。

【2】マージナルな貧困――貧困は自然な存在ではなく、一部の人のみが貧困におちいっている。高度成長期がまさにそう。

【3】降格する貧困――貧困層がどんどん拡大して社会全体が不安になっている状態。

日本は今、まさに【3】の「降格する貧困」状態にある。なかなか思うように仕事に就けない人が増えてくる。家族や近しい人に助けてもらって、なんとか生活している。一方で貧乏の状態にある人は、公的な社会保護に支援を求め、その数も増大する。

「自分も貧困層になってしまうのではないか」という不安

「降格する貧困」はポーガムによれば、1990年代から始まっていた。不安定雇用が増え労働市場が変わってきて、それに対して何ら有効な政策がとられてこなかったことに起因する。

多くの日本人は、自分もその貧困層になってしまうのではないかと思っている。特定の富裕層を除き、みんながそう思っているのだ。一億総中流なんてもはや夢だ。誰でも貧困になりうる。

戦後の政治は女性が依存なしには生きられないようにした

特に女性が貧困になりやすいのは、女性の労働者は非正規労働が多いからだ。非正規雇用者の70%が女性で、男性労働者の賃金を100とした場合、70でしかない。これが短期労働者になると、50になる。実に男性の半分の賃金でしかないのだ。

しかも戦後の日本社会は、女性は“誰かに依存しながら生きる”というモデルを作り出した。未婚のうちは親頼み、結婚すれば夫頼み。高齢になれば夫の遺族年金か、子ども頼み。このモデルに沿って政策が実行されてきたのだ。依存先のないシングルマザーや、親が亡くなった未婚女性、離別・死別による単身女性などは対象外だったため、貧困率が高い。女性の貧困は政策によって作られてきたとも言えるのである。そこへやってきた新型コロナウイルスは、貧困や精神的な生きづらさを抱える女性たちを直撃した。

モラハラ夫から逃げ特別給付金に助けられた女性

2020年4月20日の閣議決定で新型インフルエンザ等対策特別措置法により、特別定額給付金、1人一律10万円が給付されることになった。

東北地方に住む契約社員、山本みゆき(仮名・37歳)は、小学4年生の子どもを持つシングルマザー。「あの特別定額給付金10万円、私と次男の2人分もらえて、一息つけました」と話す。

公務員の夫(37歳)とは離婚が成立していないが、2020年3月に次男を連れて家を出た。1年間かけて準備し、息子とふたりでシェルターに逃げ込んだのだ。

幼子の手を引いて歩く母親
※写真はイメージです

「夫が転勤族で地方の官舎暮らしをしているとき、私は近所付き合いのストレスから精神的に追い詰められ、心療内科でパーソナリティ障害だと診断されました。アルコールに溺れ、死にたい衝動もありました」

夫は、病気を理解することができず、家事や育児をしないのは、単なる「なまけ」と捉えた。3年ほど前から夫が財布を握り、モラハラ、そして経済的DVが始まった。故郷に転勤になったものの山本の病気はよくならず、夫に人格を否定され続けた。

1万円だけ入った財布を持ち次男を連れてシェルターへ

「一緒に暮らすのはもう限界」と感じた2019年に、女性向けのシェルターを紹介された。そこで、「あなたのされていることは、DVの典型ですよ」と言われる。呪縛が解けたような気がした。離婚を子どもたちに打診すると、中学生の長男は「転校するのはいや」と父親とー緒にいることを望んだ。次男は「ママと行く」と言う。少しでも貯金しようと、知り合いの仕事を手伝い始めた。

そしてコロナが拡大する2020年3月末、1万円だけ入った財布を持って次男と家を飛び出した。警察にもDV被害を報告し、シェルターに身を寄せた。そこに2週間ほど滞在し、アパートを探す。実家滞在も考えたが、親と折り合いが悪く戻りにくい。以前の勤務先の社長からの借金と基金から借りて工面した60万円は、アパートを借り、最低限の生活必需品等を備えると、15万円しか残らなかった。当時は無職。「家賃を払い終えたら、1カ月持つか」と不安だった。

暗がりで頭を抱えている女性
※写真はイメージです

そこへ特別給付金が一律10万円支払われると報道された。

20万円を手にし「これであと2、3カ月はいける」

「世帯主の夫に入金されるので、私には届かないだろうとあきらめていたのです。でも、DVが原因でシェルターに滞在していたことを示す保護証明書を提出すれば受給できると聞いて。その証明書を持って役所に行くと、なんら問題なく受理してもらえました」

通帳に20万円の数字を見たとき、「これであと2、3カ月はなんとかいける」と感じた。同じ頃、5月末に登録した派遣会社から連絡があり、派遣先が決まった。時給1060円で、月曜から金曜のフルタイム勤務。やりくりすればふたりで暮らしていける。給与支給は7月からだったが、なんとかいける。

「私にとってコロナは家を出るタイミングを与えてくれ、給付金もいい追い風になったと思います」

山本は給付金がスムーズに入ったケースだが、世帯主または住民基本台帳に登録のあることなどの給付要件がネックになり、申請できなかった女性もいると聞く。

シングルマザーの窮状がデータから浮き彫りに

シングルマザーの多くが働く飲食業界などは、店の休廃業や労働時間の短縮で、元から少ない収入がさらに減少。学校給食の停止による食費増などで、支出を切り詰めても困窮状態にあることが浮き彫りとなった。ひとり親支援に取り組むNPO法人「しんぐるまざあず・ふぉーらむ」の赤石千衣子理事長は「ぎりぎりの生活だったところに新型コロナが追い打ちをかけた。格差を固定化しないためにも、日ごろからの政府支援が必要だ」と訴える。

同団体は、2020年7月にインターネットを通じてアンケートを実施、シングルマザー約1800人から回答を得た。食事の回数や量が減っただけでなく、20.1%の世帯は、お菓子やおやつを食事の代わりにすることが増えたと回答。49.9%が炭水化物だけの食事が増えたとした。また10%前後の世帯が家賃や水道代、電気代などを滞納し、36.8%の世帯では、一斉休校に伴う子どものオンライン授業に必要なタブレット端末やパソコンを持っていなかった。

お菓子を食べている女の子
※写真はイメージです
子どもは1日2食、母親は1日1食

自由記述では「子どもたちには2食で我慢してもらい、私は1食が当たり前。3カ月で体重が激減しました」(2人の子どもを持つ30代)。「子どもが学校に行けなくなった。タブレット、パソコンがないため会話に入れずイジメに近い感じ。子どもを守れていない自分が嫌で、嫌で死にたい」(3人の子どもを持つ30代)と過酷な体験が並ぶ。

70.8%が新型コロナで雇用や収入に影響があったとも回答。借金は2月とくらべ7月は11.2%の世帯で増え、平均額は約30万円(約4万円増)だった。

貧困状況にあるシングルマザーたちは、限界に近いところまで追い詰められていた。

コールセンターの契約社員でシェアハウスに住んでいたが…

田中公子(仮名・39歳)は、待ち合わせをしたファミレスでパンケーキを頼んだ。「ああ、甘いものは本当に久しぶり」と満面の笑みを浮かべた。

彼女は神奈川県の港近くの公園で、10日間ほど路上生活を送り、所持金50円になったところで支援につながった。

2020年5月7日、田中は、それまで住んでいたシェアハウスから一方的に追い出された。

4.2畳、光熱費込みで4万5800円の部屋は、突然鍵が替えられ入室できない状態に。収入が減り、1カ月分の家賃を滞納していたからだ。

田中は夫の精神的DVから逃れるため、2019年に他県から神奈川県にやってきた。携帯電話会社のコールセンターで契約社員として働き、初期費用の少ないシェアハウスで生活していた。

ところが4月、コロナの感染が拡大するにつれ、コールセンターでクラスターが出ていることが報道されるようになった。田中の勤務先でも感染者が出て、従業員は2チームに分かれ、隔週勤務になる。時給換算の給料は、減額のうえ遅配になった。そのため4月分の家賃を滞納した。

住むところを失い所持金3000円で路上暮らしに

「会社での感染も怖かったのですが、家にすべての荷物を置いたまま締め出されました。財布と携帯電話だけを持って友人の家に転がり込んだのですが、せいぜいいられて3日。そこから路上生活になりました」

入浴できないのでにおいも気になり、再開された会社にも行けなくなった。コンビニで5個入りの菓子パンを100円で購入し、1日1個食べて5日。ペットボトルの水もちびちび飲んだ。それでも3000円の所持金は間もなく尽きる。空腹を抱え、「私はこのまま、この公園で死ぬんだろうな」と思った。

ドーナツを食べる女性
※写真はイメージです

死は怖くなかったという。ずっと非正規雇用だったが、かなり収入が良かったときもある。そのおかげで海外旅行をし、趣味のバイクで遠出もした。

「やりたいことはやってきたので、死んでもまあいいかって」

ダブル、トリプルワークをしても貧困なのは自己責任ではない

携帯の充電がなくなりかけたとき、意を決して相談ダイヤルに連絡すると弁護士とつながり、「新型コロナ災害緊急アクション」事務局長に取り次がれた。5月18日、すぐさま1週間分の生活費と宿泊代4万5000円(返済不要の一時金)を渡され、やっと落ち着きを取り戻した。その後、生活保護を申請したところ、6月初めに受給が決定しアパートに移った。

樋田敦子『コロナと女性の貧困2020-2022 サバイブする彼女たちの声を聞いた』(大和書房)
樋田敦子『コロナと女性の貧困2020-2022 サバイブする彼女たちの声を聞いた』(大和書房)

現在は家賃5万4300円のアパートで独り暮らし。支給される生活扶助費で光熱費、食費、携帯代などを払うと、残りはわずかだ。ケースワーカーのすすめで、心療内科を受診すると、複雑な生い立ちが原因でPTSDと診断された。父から虐待を受け、中卒の16歳で家出。人の何倍も働いて子ども2人を育て、1人は独立、1人は元夫のところにいる。働き詰めだったので、静養するように医師から言われている。

「生活保護は受けたくなかったけれど、コロナの影響で雇用が不安定になったのでしかたなかった。しかし離婚して置いてきた子どもたちへ月に10万円以上送金してきたので貯金ができなかった。やりくりが下手だったのです」

田中は自己責任を口にするが、ダブル、トリプルワークをしても貧困なのは自己責任ではない。公的支援につながれない社会制度の不備もある。

9月末、田中は就職して収入を得たため、生活保護費も減額。彼女が生活保護から脱する日も近い。

樋田 敦子(ひだ・あつこ)
ジャーナリスト
明治大学法学部卒業後、新聞記者に。10年の記者生活を経てフリーランスに。女性や子どもたちの問題を中心に取材活動を行う。著書に『女性と子どもの貧困』『東大を出たあの子は幸せになったのか』(ともに大和書房)がある。NPO法人「CAPセンターJAPAN」理事。

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