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「成績下位30%の社員を解雇せよ」アメリカ本社からの急な通達に苦悩する日本法人・人事部

  • 2022.11.30
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アメリカのIT大手の大量解雇の影響が日本法人にも及んでいる。人事ジャーナリストの溝上憲文さんは「アメリカ企業の大量解雇は今に始まった話ではない。業績が低迷するとアメリカ国内の解雇だけではなく、日本法人もその余波を受けてきた。GE(ゼネラル・エレクトリック)社やファイザーでも日本法人の社員が大量に解雇されたことがある」という――。

スマートフォンに表示された、TwitterとFacebookのアイコン
※写真はイメージです
原則解雇自由は先進国ではアメリカだけ

ツイッターやメタ(旧フェイスブック)などアメリカのIT大手の大量解雇が日本でも大きな話題になっている。メタは全従業員の約13%にあたる1万1000人超の解雇を発表している。

また、ツイッターを買収したイーロン・マスク氏は年初に約7500人いた社員のうち1週間で約3700人を解雇。さらにマスク氏は追い打ちをかけるように11月16日未明に「長時間猛烈に働くか退職か」を迫るメールを送付。17日午後5時までに同意できなければ、給与の3カ月分の退職金を得て会社に辞めるように促す最後通告を行った。その結果、約1000人が退職し、同社に残留した社員は2700人程度になったとも報じられている。

アメリカのIT業界では10月下旬までに5万2000人以上が削減されたとの調査もあり、11月以降の大手の電撃的解雇により、ITバブル崩壊の様相を呈している。

それにしてもアメリカではいとも簡単に社員をクビにできることに驚いた日本人も少なくないだろう。ネット上では日本もそうなったらどうなるのかと恐れる声や、逆にイーロン・マスク氏の行動を賞賛し、アメリカに倣って日本も解雇規制を緩和すべきとの声も飛び交っている。

しかし、使用者が正社員をいつでも自由に解雇できる国は先進国ではアメリカ以外に存在しない。ヨーロッパや日本をはじめとする主要先進国には「正当な理由なき解雇は無効」とする解雇規制があり、原則解雇自由のアメリカは唯一の例外といってよい。ただしそのアメリカでも労働組合との間で「解雇には正当な理由が必要」との「労働協約」を結んでいる場合、苦情仲裁制度に申し立て、正当な理由がないと判断されると元の職場に戻れる。

ツイッター側も訴訟回避の策を講じている

もう1つ、アメリカには「米労働者調整・再訓練予告法」(WARN法)によって大量解雇を行う場合は、60日前までに労働者に通知することを使用者に義務づけている。違反すると予告期間に足りない分の賃金を請求することができる。

実はツイッター社を相手取りWARN法などに基づく訴訟が提起されていると、「ウォール・ストリート・ジャーナル日本版」(2022年11月18日)が報じている。その中でニューヨーク州の労働弁護士が「マスク氏が最後通告のメールで、会社を去る社員には3カ月分の退職手当を支給すると説明している。これは訴訟を回避するためのツイッターの防御策であることは間違いない」との発言を紹介している。

マスク氏側も一応法律を考慮している。同紙によるとツイッター社の社内文書では、ニューヨーク市を除く米国の社員は2カ月分の有給での非就業期間と医療保険、さらに1カ月分の基本給が支給される。ニューヨーク市の社員は現地の法律に基づいて1カ月分の基本給以外に3カ月分の非就業期間と医療保険の付与という手厚い待遇を受けるという。またメタもアメリカ国内の社員に基本給の16週間(117日)分の退職金のほか、勤務年数に応じて金額を積み増し、日本を含むアメリカ国外の社員も現地の労働法に沿った対応をすると報じられている。

さすがにアメリカでも解雇したら無一文で放り出すことはできないのだ。

「下位30%を解雇せよ」日本法人人事担当者の苦悩

アメリカ企業の大量解雇は今に始まった話ではない。業績が低迷するとアメリカ国内の解雇だけではなく、日本法人もその余波を受けた。GE(ゼネラル・エレクトリック)社やファイザーでも日本法人の社員が大量に解雇されたこともある。2000年代半ばに日本GEでリストラ業務を担当した当時の人事担当者はこう語っていた。

「アメリカ本社から成績下位の30%の社員を解雇するように通達してきた。『日本の法律では簡単に解雇できない』と何度も言ってもほとんど理解されなかった。解雇するには割増退職金が必要なこと、社員を説得するのに相応の時間がかかることを詳しく説明した。最終的に下位20%の社員を解雇することで納得してもらったが、リストラの指令がある度に胃の痛む思いをした」

解雇に必要な4つの条件

確かに無理もない話だ。日本の労働契約法16条には判例法理で確立した「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当として認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」との規定がある。

「合理的理由を欠き、社会通念上相当と認められない」という表現はわかりにくいが、裁判例では解雇するには①「経営上人員削減の必要性があるか」、②「解雇を回避するための配置転換などの努力をしているか」、③「解雇対象の人選は相当性があるか」、④「解雇対象者や労働組合などと解雇の必要性について十分に協議しているか」という4つの要件を満たす必要がある(整理解雇の4要件)。とくに解雇回避の努力や、辞めさせたい人の人選の相当性など合理的根拠を証明するのはハードルが高いだろう。

そのため大手企業の多くは割増退職金付きの「希望退職者募集」による本人同意を前提にした解雇を行っているのが日本の実態だ。

早期退職申請用のビジネス文書
※写真はイメージです
日本の解雇規制は世界的に見ると実は“緩い”

日本の解雇規制は厳しいとよく言われるが、実は諸外国に比べると“緩い”という調査もある。

国際統計サイトの「グローバルノート」がOECDの調査を基にした2019年の「世界の解雇規制の強さ(正規雇用)の国別ランキング」を発表している。正規雇用23項目の要素について解雇規制の強さを0~6点で評価し、ウエート付けして指標化したものだ(数値が大きいほど、解雇規制が強い=雇用が保護されている)。

それによると日本は42カ国中28位(2.08)である。焦点のアメリカは40位(1.31)と、さすがに解雇規制は緩い。トップ3はチェコ(3.03)、トルコ(2.95)、オランダ(2.88)であり、以下、ポルトガル、イタリア、イスラエル、ベルギー、フランス、アルゼンチン、スウェーデン、ギリシャ、ルクセンブルク、フィンランドなど、ヨーロッパのEU加盟国が上位にランクしている。お隣の韓国は19位(2.35)であり日本よりも解雇規制が厳しい。全体の平均点は2.27であり、平均以下の日本は諸外国に比べて解雇規制が緩い。

解雇された女性がデスクを片付けている
※写真はイメージです
ヨーロッパでは解雇無効の場合でも、金銭で解雇可能に

例えば21位のドイツには「解雇制限法」がある。解雇するには「社会的に正当なものである」という「社会的正当性が必要だ(1条1項)。社会的正当性を満たすには①労働者の一身上事由、②労働者の行動上の事由、③経営上の必要性――の要件が求められ、要件を満たさない正当性なき解雇は無効となる。前述した日本の労働契約法16条に近い。

ただ、ドイツなどのヨーロッパ諸国と日本の違いは、解雇無効の判決が出た場合、金銭で解雇が可能になる「解雇の金銭解決制度」が法制化されている点だ。実は日本でも、労働者側の申し立てに限定し、裁判所が「解雇は無効」と判断した後、職場復帰を望まない場合に、金銭解決によって労働契約を終了させる制度について厚生労働省の審議会で検討されている。

具体的には労働者の請求によって使用者が「労働契約解消金」を支払い、その支払いによって労働契約が終了する。解消金の範囲については上限と下限を設けることが提起されているが、使用者側委員と制度創設に反対する労働者側委員の対立が激しく、現時点ではいくらになるのかという議論まで進んでいない。

実は現状の解雇紛争解決の手段としては、労働局のあっせん、労働審判、民事訴訟があるが、解決金による和解が多く、金銭が支払われている実態もある。

岸田政権の「労働移動円滑化策」のゆくえ

労働組合や労働側の弁護士、そして労働法学者の中には現状の制度で十分だという意見も少なくない。逆に上下限の金銭の基準を法律に定めると「使用者がその範囲で金額を支払えば解雇できる」と考え、解雇が頻発する可能性があると警戒する。

厚労省の審議会での議論は、事実上ストップしている状態にあるが、動き出す可能性もある。

1つは岸田文雄政権が掲げる「労働移動円滑化」の推進だ。11月10日に開催された「新しい資本主義実現会議」において、議長の岸田文雄首相は「労働者に成長性のある産業への転職の機会を与える労働移動の円滑化、そのための学び直しであるリスキリング、これらを背景とした構造的賃金引上げの3つの課題に同時に取り組む」と述べている(議事要旨)。

労働移動円滑化策として現時点では「解雇の金銭解決制度」を取り上げていないが、実現会議の経済同友会代表幹事の櫻田謙悟委員は、リスキリングに対する支援策に触れた後、「2つ目は労働法制の改革である。論点の多くは、既に多くの企業が取り組んでいるが、さらなる前進に向けた制約となっている労働法制がある。これをぜひ改革するべきである」(議事要旨)と述べている。

労働法制の改革の中身について触れていないが解雇の金銭解決などの解雇規制の緩和を意味するのは明らかだろう。

アメリカの圧力

もう1つがアメリカの圧力である。例えば、在日米商工会議所(ACCJ)は2014年2月に「アベノミクスの三本の矢と対日直接投資:成長に向けた新たな航路への舵取り」という提言を出している。その中の「労働流動性」の項目で、合法的に解雇できる場合の基準を明確化するとともに「十分に正当な理由を欠く解雇において、原職復帰に代わる金銭的補償制度を導入する」と明記している。

労働側の弁護士は「解雇の金銭解決制度はもともと在日米国商工会議所が入れてほしいと言ってきたものだ。それが政府の骨太の方針にもしっかり書かれており、岸田政権もアメリカには逆らえないだろうし、実現に向けて動き出すのではないか」と指摘する。

岸田政権は、来年6月に「労働移動円滑化指針」を取りまとめるが、解雇の金銭解決制度の導入推進が盛り込まれる可能性もある。

溝上 憲文(みぞうえ・のりふみ)
人事ジャーナリスト
1958年、鹿児島県生まれ。明治大学卒。月刊誌、週刊誌記者などを経て、独立。経営、人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマとして活躍。著書に『人事部はここを見ている!』など。

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