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家入レオ「言葉は目に見えないファッション」vol.67明日もお腹は…

  • 2022.11.11
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クォーター・ライフ・クライシス。それは、人生の4分の1を過ぎた20代後半〜30代前半のころに訪れがちな、幸福の低迷期を表す言葉だ。27歳の家入レオさんもそれを実感し、揺らいでいる。「自分をごまかさないで、正直に生きたい」家入さん自身が今感じる心の内面を丁寧にすくった連載エッセイ。前回はvol.66雨上がりに

vol.67明日もお腹は…

店内はまだ薄暗く、それでもこれから素敵な夜がはじまる充足感に包まれていた。奥にある厨房にだけオレンジの明かりが灯っている。換気扇の音、湯を沸かす鍋に熱されたフライパン、嗅いだ事のある香辛料とかたまり肉。仕込みをしているらしい料理人の男性たちがいっせいに扉から入って来た私たち2人を見た。「テイクアウトやってますか?」あえて明るい声でそう尋ねると、ホール横から現れた女性が「少しお待ちくださいね」と私たち2人に告げカウンターに駆け寄った。「お持ち帰りいけそうですか?」と厨房の活気に隙を見せない、1歩も引かないと最終的に腹を決めたこの女性のお店での日々が何故だか遠くからでも分かって。少しドキドキしながら待っていると、料理人の男性が1と手で示し、それに頷いた女性がくるりと向きを変え今度は私たちの方に歩いて来た。「1時間後に取りにいらっしゃる感じでいかがですか?」

カロリーのこともお財布のことも気にせず、私の自宅でテイクアウトしたご飯をゆっくり食べよう、と友人と連絡を取り合ったのはちょっと頑張りすぎていた数日前の夜。未来に楽しい種を蒔いておかないと自分が駄目になる、と思ったからだ。

思いつくままに注文した骨付き子羊ラック肉も、豚とハマグリの煮込みも、半熟玉子とトマトのサラダも豪快に美味しく胃におさめていった。食後にはコーヒーと一緒に友人がお土産に買って来てくれたチーズケーキも食べた。全国ツアーが10月1日からスタートし、初日を迎えられた喜びと無事完走できることを願って囲んだ食卓は幸せだった。「今日はもう遅いし泊まっていく?」と言う私の申し出に頷いた彼女は翌朝6時にこの家を出ていく。

先にシャワーを済ませていた私は既にベットでうとうとし始めていた。隣に入ってきた彼女が暗闇で言った。「久しぶりにこんなに楽しかった」「こんなにいっぱい食べたのに、明日になったらまたちゃんとお腹が空くんだよ。人間って不思議だね」私はもう眠くて「そうだねえ」って返事をしてすぐに「おやすみ」を言った。とても幸福だった。

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