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20年の歳月を経て“神町トリロジー”が完結。今、最も危険な作家、 阿部和重インタビュー

  • 2022.11.1
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今、最も危険な作家、 阿部和重

阿部和重とは?

阿部和重は2人いる。以下に続く文章はそのことを念頭に置いたうえで読んでもらえればと思う。まずは1人目の阿部、つまり今目の前にいる小説家としての阿部和重(以下阿部a)の来歴をおさらいすることから始めよう。

20世紀も間もなく終わろうかという1994年、阿部aは『アメリカの夜』で群像新人賞を受賞し、小説家としてデビューする。その後「テロリズム、インターネット、ロリコンといった現代的なトピックを散りばめつつ、物語の形式性をつよく意識した」話題作を発表し続け、今や現代日本文学シーンの第一線をひた走る一人に。

そんな阿部aが1999年に着手したのが、彼自身の出身地である山形県東根市神町を舞台に、壮大なドラマが繰り広げられる“神町トリロジー”の第1部『シンセミア』。その後、2010年刊行の第2部『ピストルズ』を挟み、遂に2019年、最後を飾る『オーガ(ニ)ズム』が刊行された。

作家、 阿部和重

『オーガ(ニ)ズム』前史が誕生したわけ

そもそも20年にわたって書き継がれたこのトリロジーは、どのようにして誕生するに至ったのだろうか。

「第二次大戦後すぐのアメリカは、農家が小麦を作りすぎてしまい、在庫をダブつかせていました。そこで輸出先として目をつけたのが、占領下にあった日本。アメリカは、日本人はまだ小麦の味を知らないからととにかく宣伝し、日本にもパン食が根づいていった……。『シンセミア』はそうした内容を伝えるNHKのドキュメンタリーの引用から始まります。その後、物語は2000年に移り、米軍にとり入って神町を牛耳るパン屋の田宮家を中心に展開していくのですが、この戦後の占領から始まる日米関係に興味をいだいた直接のきっかけは実の祖父でした」

ここで話は阿部aが小学生の頃にさかのぼる。ある日、実家で見慣れない銀色のスプーンとフォークを見つけたという。

「素材はたしかアルミだったと思うんですけど、一円玉みたいなくすんだシルバーで、取手の部分に“US”という刻印が入っていました。なんだろうと思って両親に尋ねると、祖父のものだと言うのです。私の実家は神町で祖父の代から続くパン屋を営んでいたのですが、祖父は占領下時代にその経験を買われて、米軍キャンプでアメリカ人にサンドイッチを作っていたそうで。その話を聞いて、私は神町が占領されていたということも知ったわけですが、当時は小学生ですから、アメリカなんてとても遠い存在。しかし、このスプーンとフォークによって、ぐっと近くに感じられるようになったんです」

そんな阿部aを、さらに占領下の神町へと引き寄せる出来事が起きる。中学生のときに、行きつけの食堂でたまたま手に取った、神町の郷土史だ。

「小学校の創立何年かを記念して作られたもので、前半は小学校の歴史が、後半は郷土史がまとめられていました。占領下の状況が赤裸々に語られていて、自分の中では衝撃的でしたね。当時は米軍が進駐したことで、金を稼ごうといろんな人が入り乱れていたようです。地元民も自宅を開放して、かなりいかがわしいこともしていたみたいで。そうやって見知ったことに着想を得て書かれたのが、『神町トリロジー』です。郷土史を読んだときには、既にいつかこれを物語にしたいという思いが強くありました。

最初は映画にするつもりでしたけど。実際、上京して映画学校にも行くのですが、どういうわけか小説家になって、映画ではなく小説にしたわけです。いずれにしても、構想期間でいうと、20年どころの騒ぎではないですね(笑)」

阿部和重『オーガ(ニ)ズム』

変容する日米関係

かくして、話題は『オーガ(ニ)ズム』に移る。「もしブッシュ政権のときに見えていたアメリカのままだったら、この作品は違うものになっていたと思います」と阿部aが語る本作のあらましは以下の通り。

2014年、3歳の息子・映記とともに妻の留守を守っていた主人公の家に、瀕死の状態でCIAケースオフィサー、ラリー・タイテルバウムが転がり込んでくることから物語は幕を開ける。ラリーの目的は、地下爆発によって国会議事堂が崩落し、首都機能が移転された神町で、そこへ来訪するオバマ大統領を狙った陰謀を阻止すること。主人公はラリー(と映記)に振り回されつつ、なし崩し的に一緒に行動することになるが……。

先述のような経緯で立ち上がった神町トリロジーの最終部であるからして、本作が日米関係をテーマにしたのは当然の帰結と言えるだろう。興味深いのは、前2作と比べ、より直接的な日米関係に肉薄している点だ。主人公の造形について、阿部aは述べる。

「オバマを救うのを手伝うハメになり、アメリカの政府関係者からさまざまな物資を買わされ、“トモダチ”と呼ばれる日本人。この腐れ縁から逃れられない彼の状況が、現在の日米関係の隠喩なのは明らかだと思います」

「しかし」と阿部aは念を押す。「だからといって、アメリカはダメだって話にはならない」と。

「ブッシュ政権からオバマ政権を経て、さらにトランプ政権へと至るここ10年くらいの間に見えてきたのは、かつて“世界の一強”とまで呼ばれたアメリカは、見るも無残にその影響力を失ったということです。実際、世界の警察として各地の紛争に介入しても、何もできなくなっている。それどころか、内戦に陥り民衆が今なお虐殺されるシリアの人道危機には介入すらできない。せいぜい軍隊を置いたくらいです。それを食い止めるのに、最もふさわしいと思われたノーベル平和賞受賞者のオバマですら、プーチンの口車に乗る形でお茶を濁す程度でおしまい。

だけど、それでもやっぱり、この混乱の絶えない世界で人権侵害を阻止し国際秩序を護持するにはアメリカが不可欠なのだというのが、『オーガ(ニ)ズム』を通して考えた、私なりの結論です」

阿部b登場

ところで、先述した『オーガ(ニ)ズム』のあらましには、複雑さを回避するために意図的な“言い落とし”があった。実は主人公が阿部和重といい、職業が小説家なのである。これが2人目の阿部和重(以下阿部b)だ。なぜそうなったのだろうか?

「この3部作は、全体の構造が複雑に関係し合うように組み立てています。世界観のベースになっているのは、神町の裏の歴史を描いた、2作目の『ピストルズ』です。それを間に挟んで、『シンセミア』と『オーガ(ニ)ズム』は表で何が起きたのかを語っています。よく読むとわかりますが、『シンセミア』と『オーガ(ニ)ズム』は、合わせ鏡のように色んな要素が照射し合っているんです。『オーガ(ニ)ズム』の主人公が阿部和重なのは、その一例。つまり、祖父の経験を基にした『シンセミア』と対応させようと考えたとき、自然とそうなった。

実は『シンセミア』にも既に阿部和重という人物が登場しているんですね。だけど、それはなりすましだったり、実体のよくわからない阿部和重。それに対して、『オーガ(ニ)ズム』では実体としての阿部和重がひたすら動き回っているという点でも、対応関係にあると言えます」

祖父の実話をきっかけにして始まった物語が、孫のそれでもって終止符を打つというのは、なるほど美しい円環の閉じ方に違いない。しかし、阿部bが主人公の理由はほかにもあるのではないか。ここに来て、“アベ問題”は複雑化する。現在の日米関係の隠喩を描いており、阿部bが日本代表として大活躍するのが『オーガ(ニ)ズム』だと捉えたとき、この作品で頻繁に登場するオバマと同様に活躍してもおかしくない、もう一人の“アベ”の影が薄いのをどう考えるべきなのか。そう、安倍晋三首相だ。

「『オーガ(ニ)ズム』連載開始のちょっと前から、報道やSNSの投稿で、安倍晋三の名前を目にする機会がどんどん増えていった。中でも最も多い表記の仕方は、カタカナの“アベ”。実際、“アベする”が流行語になるとかならないとかいう話もありましたよね(笑)。

しかも、ほとんどの場合、ディスられている。同じ音の名字を持つ人間として、その状況が本当に鬱陶しかった。彼のせいで、アベという名字が徹底的に毀損されたとさえいえるのがここ数年の状況です。このアベという名字の復権、イメージを変えたいという思いは『オーガ(ニ)ズム』を書いているときにありました」

だからといって、阿部bが主人公になったのを怒りに任せて筆を走らせた結果だと思うのは早合点だ。阿部aはデビュー当時からブルース・リーやフリオ・イグレシアスといった特定のイメージを持つ固有名を、物語を通して変容させてきた小説家である。その点、阿部aの作家性は揺るぎない。怒りがあったのは間違いないだろうが……。

他者の言葉に触れる

第2部『ピストルズ』において、阿部aは一字一句に綿密に文章を組み立てたため、刊行後もしばらくその書き方から逃れられなかったという。そんな中、『オーガ(ニ)ズム』を書くうえでのリハビリになったのが、伊坂幸太郎との共作『キャプテンサンダーボルト』と、蓮實重彥の小説『伯爵夫人』の評論(「Sign ‘O’ the Times『伯爵夫人』を読む」『論集 蓮實重彥』所収)を書いた経験だった。

「『キャプテンサンダーボルト』は、伊坂さんの書いた言葉を受け止めて、それと直接繋がるような言葉を自分が書くという形だったのですが、そんな経験はまずできません。しかも伊坂さんはエンターテインメントの第一線で活躍されている方ですから、その仕事にじかに触れられたのは勉強になりました。

また、『伯爵夫人』論については、評論を書くっていうのはただ読めばいいわけではなく、作品の構造を自分なりに見つけ出す作業なわけですね。すると、“蓮實さんはこういう場面をこう書くのか”といった、自分にはない書き方が見えてくるんですよ。それによって、頭の中でスポットが当たっていなかった部分が、ぱっと照らされるようなことがあって。『オーガ(ニ)ズム』を書く過程で、そうやって他者の言葉に触れたのは大きかったですね」

言われてみれば、『伯爵夫人』は多くの章の冒頭で、主人公が目覚める描写で始まるが、実は『オーガ(ニ)ズム』も似た構造を持っている。阿部aの『伯爵夫人』論は、夢と現の間をさまよう主人公が、いつ覚醒していたのかを解明するという論旨だったが……。

「今言われて気づきました。『オーガ(ニ)ズム』の場合は、夢と現実の区別がつかないような状況の構築に加えて、子育ての日常にからめるために一日のルーチンを描く必要もあり、寝て起きての繰り返しを組み立てたのですが、『伯爵夫人』論でもそれを書いていたのか……。無意識のうちに、“これはいいな”ってパクっていたのかもしれません(笑)」

アメリカを読み解く

他者の言葉に触れるというのとはまだ違うのかもしれないが、阿部aは小説を執筆する際、数多くの資料を読み込むことで知られている。今作の場合は、報道記事を参考にすることも多かったようだが、書籍にも示唆やヒントがあったという。中でも興味深かったという5冊を教えてもらった。いずれも、アメリカにまつわるものだ。

『CIAは何をしていた?』 ロバート・ベア/著 佐々田雅子/訳
(1)『CIAは何をしていた?』ロバート・ベア/著佐々田雅子/訳1976年、CIAに工作管理官として入局し、タラバニ大統領(当時)によるフセイン暗殺未遂事件などを担当した著者が、引退後に綴ったCIAの暗部とは?新潮文庫/品切れ。
(2)『わたしはCIA諜報員だった』 リンジー・モラン/著 高山祥子/訳
(2)『わたしはCIA諜報員だった』リンジー・モラン/著高山祥子/訳少女時代からの夢がかなってCIAに入局した著者を待ち受けていたのは、絶望だった。9.11テロを経て退局するまでの5年間を赤裸々に綴った実録モノ。集英社文庫/品切れ。
(3)『秘録 CIAの対テロ戦争』 マイケル・モレル/著 月沢李歌子/訳
(3)『秘録 CIAの対テロ戦争』マイケル・モレル/著月沢李歌子/訳9.11テロ、イラクの大量破壊兵器問題、「アラブの春」の読み違い……。なぜCIAは失敗を繰り返すのか。元CIA長官代行がその内幕を告白する。朝日新聞出版/2,200円。
(4)『なぜアメリカでは議会が国を仕切るのか?』 千葉明/著
(4)『なぜアメリカでは議会が国を仕切るのか?』千葉明/著元在米日本大使館公使が解説する、アメリカ議会の全貌。TPP、アジア外交、エネルギー政策など、時事的な問題について、わかりやすくまとめられている。ポット出版/1,600円。
(5)『オバマの戦争』 ボブ・ウッドワード/著 伏見威蕃/訳
(5)『オバマの戦争』ボブ・ウッドワード/著伏見威蕃/訳「ウォーターゲート事件」を暴いたジャーナリストが、オバマ大統領の知られざる戦争計画の全貌を、極秘資料から描き出したノンフィクション。日本経済新聞出版社/2,400円。


「まずロバート・ベアの『CIAは何をしていた?』(1)は作中でも言及している元CIA職員の体験記です。映画『シリアナ』の原作にもなっていますが、ラリー・タイテルバウムというキャラクターを造形する点でとても参考になりました。また、『オーガ(ニ)ズム』にはラリーの同僚として、女性ケースオフィサーが登場するのですが、彼女を描くときに参考になったのは、『わたしはCIA諜報員だった』(2)。

『秘録 CIAの対テロ戦争』(3)もCIAで働いた人物による回想録ですが、書き手は元高官です。副長官として現場を指揮しつつ大統領にブリーフィングする立場にあり、のちに長官代行を務めることになった筆者は、ブッシュ政権からオバマ政権に至る時期のCIAの内幕を弁明も込めつつ本書に記しています」

『オーガ(ニ)ズム』はスパイ活劇的な要素を含んだ、阿部bとラリーのバディ小説でもある。その設定をリアルに成立させるために、これらの書籍が必要だったのだろう。しかし、その前段階で勉強になったと語るのが、千葉明『なぜアメリカでは議会が国を仕切るのか?』(4)だ。「アメリカの政治制度が項目ごとに多角的にわかりやすく解説されていて、文字通り教科書的に有益な書籍です」と阿部a。

そして、最後に挙げてくれたのは、ウォーターゲート事件を暴いたジャーナリストとして知られる、ボブ・ウッドワード『オバマの戦争』(5)だ。

「大統領に就任したバラク・オバマが、混乱の続く中東情勢にどのように関わっていったかを丹念に描いた本です。オバマに関しては報道記事の方をより多く読み込んでいるので、よく覚えてない部分もありますけど……。いずれにせよ、オバマには功罪あるし結果的に負け戦だったと見ざるを得ないところもありますが、ただ少なくとも、彼が理想として掲げた和解と協調の道筋は、過去のアメリカとは違って見え、それは肯定できるものだった。

先ほどの話に戻りますけど、そういった諸々のことを考えると、アメリカとそう簡単に手を切ることなんてできない。それが『オーガ(ニ)ズム』という作品で描きたかったことの一つなんです。物語の中心にオバマを据えたのは、時期的にそうせざるを得なかったというのもありますが、その後のトランプ政権によってさらに変わったアメリカの姿を踏まえても、大きな意義があるんじゃないかという自負はあります」

……そろそろ、インタビューも終わろうかというときのことだった。作品の中の阿部bと息子の映記とのやりとりも『オーガ(ニ)ズム』の魅力の一つであり、そこに現実社会を生きている阿部aの育児経験が影響しているのは間違いないだろう。

そこで、「大きくなった息子さんが、今作を読んでくれるといいですね」と口にした我々に、目の前の男は「そうなるといいですねぇ。僕の小説の中では、一番子供に読ませやすい作品になっていると思うので」と微笑んだのだ。

その表情は阿部aとも阿部bとも違って見えた。もしかしたら阿部和重は3人いるのだろうか。阿部aは主人公が分裂していく小説をしばしば書くが、本人も同じらしい。あるいは、『オーガ(ニ)ズム』はこの3人の阿部和重が共同して書いたものなのかもしれない……。

阿部和重

profile

阿部和重(作家)

1968年山形県生まれ。主な作品に『インディヴィジュアル・プロジェクション』『グランド・フィナーレ』など。毎日新聞で「ブラック・チェンバー・ミュージック」を連載、単行本化。

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