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家入レオ「言葉は目に見えないファッション」vol.66雨上がりに

  • 2022.10.27

クォーター・ライフ・クライシス。それは、人生の4分の1を過ぎた20代後半〜30代前半のころに訪れがちな、幸福の低迷期を表す言葉だ。27歳の家入レオさんもそれを実感し、揺らいでいる。「自分をごまかさないで、正直に生きたい」家入さん自身が今感じる心の内面を丁寧にすくった連載エッセイ。前回はvol.65ドライブスルー

vol.66雨上がりに

雨は止んでいた。湯上がりの肌に室内の空気は息苦しく、窓を開けようと触れたサッシがひんやりと冷たくて気持ちよかった。網戸の向こうから流れ込む鈴虫の鳴き声や夜の静謐さ。世界の音に耳を済ませながらコップに注いだ水を飲む。帰宅してから照明を煌々と付ける習慣が私にはない。消える一、二歩手前のオレンジの間接照明の中でまどろむのが好きだ。お風呂に入った後、自然に眠くなるのも好き。ベッドの掛け布団に半分だけ身体を入れながら何故か今朝読んだ「三連休と台風付き合ってんの?」のtweetを思い出した。

帰り道、傘なんか役に立たないくらいの大雨に気持ちが折れそうになって。それはちょっと最近自分に優しくできていない証拠でもあって。雨が弱まるのを待つ人達のむっとした気配の満ちた駅で、私は唇を噛んだ。小さく会釈したり、すみません、と心の中で呟いたりしながら、人の群れをかき分けるようにして、彼女との待ち合わせ場所に辿り着くことだけを考えた。汚れたコンバースが濡れてどんどん沈んだ紺色になっていくのを目の端で捉えながら、だけど構わず進んだ。東京で生きてると、時々すごく簡単なことがどうしようもなく難しく、悲しくなることがある。ただ人と座ってお喋りがしたいだけなのに何軒まわってもカフェにも喫茶店にも入れなくて、楽しむ前からくたびれてしまったり。待ち続けたタクシーがやっと来たと思ったら、数メートル先でひょいっと現れた人が手を上げて乗り込んでしまう瞬間だったり。普段だったらたいしたことないと譲れたり、笑い飛ばせるのに、どうしても悲しい気持ちになってしまうことがある。人の心は案外簡単に折れてしまったりするから、自分に余裕がある時はなるだけ、笑えない人に優しくいたいな、と思う。

随分待たせたはずの彼女が、だから笑顔で私を迎えた時、少し泣きそうになった。東京で生きているとこういう幸せにも出会えるから、悪くないと思う。

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