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ステック・アシェはハンバーグ? 肉料理が苦手な人へ告ぐ。

  • 2022.10.25
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フランスのたいていの店のメニューにある「ステック・アシェ」は果たしてハンバーグといえるのだろうか。photography : iStock

フランスに行く前、肉はミンチしか食べられなかった私は肉に比重が置かれるフランス食生活に不安を抱えていた。しかしそんな私にある人が確かにこう言ったのだ。「大丈夫、フランスはどこでもハンバーグがあるから」と。

その人が言った“ハンバーグ”とはステック・アシェのことである。たいていの店にあるメニューで、ガイドブックに「フランス版ハンバーグ」と紹介されていたのを見たこともあった。

ご存じの方も多いと思うが、ステック・アシェと日本で食べられているようなハンバーグは全然同じものではない。しかし私はあまり詳細を知らずに、「ステック・アシェはつなぎが入ってないレアなハンバーグ」くらいに思っていた。レアが嫌ならよく焼いてもらえば済む。

そして実際に初めてフランスで食べた時、その「レアがあまりにレア」な様相にひと口も食べることができなかった。レアったってちょっと赤いくらいだろうと高をくくっていたのだ。いまならば、ステック・アシェは「タルタルステーキにちょっと焼き目を入れたもの」だとわかる。そして不思議にそう考えると食べられる気がするのだが、「ハンバーグ」と考えると途端に喉を通らなくなってしまう。人間とは不可解だ。

とにかくその時は、私は給仕を呼んで「もっとよく焼いてほしい」と頼んだ。給仕は皿を持って下がり、「もっとよく焼いた」はずのステック・アシェを再び運んできた。

しかし、ナイフを入れてみると、まったく先ほどと変わっていない。

皿を下げ、1分待ってまた戻ってきたのでは?と思うほど不変のレアだった。

本来面倒くさがりな性格なので少々のことは我慢してしまうのだが、その時に限ってはもう1度同じ給仕を呼んで、

「もっと、すごくすごく、中までしっかり火が通るまで焼いてほしい」

と今度はこれ以上要求できないというほど強力にウェルダンを求めた。

給仕は少し納得がいかないような顔つきだったがうなずいて皿を下げた。そして再再度運ばれてきたステック・アシェは、“ほんの少しだけ、先ほどより温かくなって”いたのだった。もちろん内部は先ほどと同じように赤く「血の滴るような」レアであった。これ以上どうすれば良いのかわからず、私はその日ステック・アシェを前に途方に暮れてしまったのだった。

その後、私は日本で馴染んでいたハンバーグは家で作るようにした。そうして、実を言えば渡仏するまでハンバーグ自体を作ったことがなかったのだが、あまりに頻繁に作るので得意料理にまで昇格してしまうことになった。

自信をつけた私は日本人以外の友人にも何度か供してみたことがあるが、おかわりしてくれたりほめてくれたりと結構気に入ってくれる人が多かった

しかし、みんな最後にはこういうのだ。

「これ、何ていう料理?」

ある人には素直に「ステック・アシェだよ」と言ってみたことがある。彼は少し困った顔をして、「いや、これはおいしいんだけどステック・アシェではないよ。これは……何というのか……そう、ミートボール。ミートボールだ」といいことを思いついたというように顔を輝かせて言った。

料理というものにほとんど知識もこだわりもない私は、

「合い挽きミンチだとかつなぎが入っているだとか、そのくらいでそんなに料理として違いがあるだろうか?」

と思った。挽き肉を使うステーキなのだから多少方法が違うだけで同じなのではないだろうかと思ったのだ。そう考えた私はある時フランス語版ウィキペディアで「ステック・アシェ」のページを読んでみた。するとそこには、

「ステック・アシェはコラーゲンがタンパク質の15%の割合で、そこへ1%の塩が加えられたもの」

とあまりに明確な定義づけがなされていた。私の寝ぼけた料理観(というほどのものもないが)に真正面からこぶしを喰らわせるような厳密な定義づけだ。

さらに「5%から20%の脂肪分によってクラス分けがされており」「『ハンバーグ』『とても柔らかい』『オニオンスペシャル』などさまざまな名前で売られている食品と混同してはいけない」「これらには法律で定められた51%以上の挽き肉が含まれていることはほぼない」とたたみかけている。

そして極めつけには

「フランスの規格は、屍肉から抽出したエキスと赤身肉を切断した組織との“アマルガム”であるピンクグルーを認可するアメリカのものとはかけ離れている。したがってアメリカの規格に準じた“ステック・アシェ”は、フランスではまあ“肉をベースにした調理方”とでも主張するのがせいぜい関の山だろう」

と述べられている。

こんなにもとげとげしいウィキペディアは見たことがない。

私はウェルダンを求めたときの給仕の得心がいかないような表情を思い出した。ステック・アシェとはこんなにもフランス人のプライドに根付いた料理だったのか。それにしてもあまりにアメリカのハンバーグをバカにし過ぎじゃないのか。

もし私と同じように肉料理が苦手でステック・アシェを当てにしつつ渡仏する人がいるなら、ぜひ甘言に惑わされないようお伝えしたい。そして「ハンバーグは得意料理」と言えるまでに昇華するのが吉だ。フランスでは良い豚肉の挽き肉を手に入れるのも苦労するが、その“挽き肉をめぐる戦い”についてはまた別のお話である。

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