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世話をし続けてくれたおばが家を出ていく!? 僕はその日、初めて土下座をした【48歳で認知症になった母】

  • 2022.10.3
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ま…待って! (C)美齊津康弘、吉田美紀子/KADOKAWA
ま…待って! (C)美齊津康弘、吉田美紀子/KADOKAWA

65歳未満で発症する認知症を「若年性認知症」といい、全国で4万人近くいると言われています。

長野県御代田町のケアマネジャー、美齊津康弘(みさいづやすひろ)さんのお母さんは、48歳で若年性認知症を発症しました。

小学5年生から介護が始まった僕のお話 (C)美齊津康弘、吉田美紀子/KADOKAWA
小学5年生から介護が始まった僕のお話 (C)美齊津康弘、吉田美紀子/KADOKAWA

美齊津さんはまだ元気だった頃のお母様のことを「明るくて活発でよく笑う母でした。誰にでも優しくて、私は母から怒られた記憶はありません。」と思い出してくださいました。

「そんな母が、時々、鏡に向かって独り言を言うようになり、次第に周りに人がいても、鏡を見ると話を始めてしまう。そのうち母の独り言はどんどんエスカレートしていきました。」と語ります。

当時、美齊津さんは小学5年生。お母さんの病気の発症が、幸せだった毎日を徐々に変えていったそうです。

何!?この臭い!? (C)美齊津康弘、吉田美紀子/KADOKAWA
何!?この臭い!? (C)美齊津康弘、吉田美紀子/KADOKAWA
何でこんなところに… (C)美齊津康弘、吉田美紀子/KADOKAWA
何でこんなところに… (C)美齊津康弘、吉田美紀子/KADOKAWA
母と叔母はもともと仲がよくありませんでした (C)美齊津康弘、吉田美紀子/KADOKAWA
母と叔母はもともと仲がよくありませんでした (C)美齊津康弘、吉田美紀子/KADOKAWA
一緒にいたくない! (C)美齊津康弘、吉田美紀子/KADOKAWA
一緒にいたくない! (C)美齊津康弘、吉田美紀子/KADOKAWA
ずっとそう思ってたの!? (C)美齊津康弘、吉田美紀子/KADOKAWA
ずっとそう思ってたの!? (C)美齊津康弘、吉田美紀子/KADOKAWA
あの…叔母ちゃん夕食は… (C)美齊津康弘、吉田美紀子/KADOKAWA
あの…叔母ちゃん夕食は… (C)美齊津康弘、吉田美紀子/KADOKAWA
あの…!母は病気で (C)美齊津康弘、吉田美紀子/KADOKAWA
あの…!母は病気で (C)美齊津康弘、吉田美紀子/KADOKAWA
出て行かないで下さいお願いします (C)美齊津康弘、吉田美紀子/KADOKAWA
出て行かないで下さいお願いします (C)美齊津康弘、吉田美紀子/KADOKAWA

弱冠小学5年生が背負っていた誰にもわかってもらえないという孤独感、人生を変えてしまうほどの壮絶な経験の数々。まず私たちにできることは、そのような「ヤングケアラー」の存在を知ることです。

「母の認知症が進行していくに従い、どんどん不安が大きくなっていきました。今まで頼りになる存在であった母が崩れていくことへの不安、それに伴い自分の生活がこの先どのように変わってしまうのか分からない不安に常に怯えていました。

最初の頃は母の行動や言動を受け止めることができず、『これは夢に違いない。ある日目が覚めたらお母さんは元通りになるはずだ。』といつも考えていました。」と語ってくださった美齊津さん。

美齊津さんが背負っていた、誰にもわかってもらえないという孤独感には胸が締め付けられます。

原案=美齊津康弘、漫画=吉田美紀子/『48歳で認知症になった母』(KADOKAWA)

【著者プロフィール】

原案:美齊津康弘

1973年福井県出身。防衛大学卒業後、実業団のアメリカンフットボール選手として活躍し、日本一となる。幼少期ヤングケアラーとして過ごした経験をきっかけに、選手引退後は介護の道へ進む。現在はケアマネジャーとして働きながら、自ら開発したWEBシステム「えんじょるの」を使って、買い物弱者問題の解決に取り組んでいる。

漫画:吉田美紀子

山形県出身。20代からマンガ家として主に4コマ誌で活躍。セカンドキャリアで介護の仕事を始める。著作に「40代女性マンガ家が訪問介護ヘルパーになったら」(双葉社)、「消えていく家族の顔」(竹書房)があり、SNSでも発信をしている。

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