1. トップ
  2. 恋愛
  3. まさか自分が...。真面目な男はなぜ「ロマンス詐欺」になったのか?

まさか自分が...。真面目な男はなぜ「ロマンス詐欺」になったのか?

  • 2022.9.29
  • 272 views

「見栄、不安......ほんの出来心から積み上げてしまった嘘。一線を越えたら、もう戻れない」

盗み、放火、DV、殺人、誘拐を描いた『鍵のない夢を見る』で、2012年に直木賞を受賞した辻村深月さん。この時「詐欺」を取り上げられなかったことが、ずっと心残りだったという。

それから10年を経て、辻村さんが「詐欺」と向き合った『噓つきジェンガ』(文藝春秋)がこのたび刊行された。本書は、騙す側と騙される側の心理を巧みに描く小説集。

緊急事態宣言下、上京したばかりの大学生がワケありのバイトに手を出す「2020年のロマンス詐欺」。受験生の息子を心配した母親が「特別紹介の事前受験」という甘い誘いに乗る「五年目の受験詐欺」。人気漫画の原作者に憧れるファンが、原作者本人になりすましてサロンを主宰する「あの人のサロン詐欺」。

孤独、焦り、願望などから、登場人物たちはそれぞれ騙す側、騙される側に。いくつもの嘘が、ジェンガのように積み上げられていく――。

■辻村深月さんコメント
直木賞受賞作『鍵のない夢を見る』は身近にある犯罪を描いた小説集でしたが、その中でひとつだけやり残した題材が「詐欺」でした。「詐欺」は人の願望や欲望、その人の「今」が色濃く滲む犯罪です。被害者と加害者、どちらの側にもあなたの今があると感じていただけたなら、とても光栄です。

皆、"夢"を見たい

ここでは、ステイ・ホームが叫ばれた頃に構想されたという「2020年のロマンス詐欺」を紹介しよう。

「まさか、こんな2020年の春が待っているとは思いもしなかった」――。大学進学のため山形から上京してきた耀太(ようた)。ところが、緊急事態宣言が出され、入学式も授業もサークルもバイトもすべて飛んだ。両親が営む定食屋も休業し、今月の仕送りは半分になるという。

胸を高鳴らせてやってきた東京で、耀太は一人、家にいる。「せっかく」「まさか」......とやりきれない思いで過ごしていたある日、地元の友人からメッセージが届く。『オンラインでできるバイトあるけど、しない?』

それは「ひっかかりやすい人のリスト」に並んだ相手に向けて、異性になりきったメールを打ち、「友達になりませんか」とやり取りを始める、という「バイト」だった。女性相手には六本木にオフィスを持つIT企業の社長に、男性相手にはアイドルと見まがうような美少女の音大生になりきる。

友人の話によると、「犯罪ではない」という。最終的に金の話になるかもしれないが、それは「先輩」たちがすることになっていると。「うまくいくかな」と半信半疑な耀太に、『大丈夫。みんな、こっちがびっくりするくらい、自分に夢見てっから』と友人は笑う。いざ「バイト」を始めてみると、耀太の予想に反して返信はポツポツと来た。

「――信じるんだ、と耀太は呆然とする思いだった。(中略)そうか、これが"夢"か、と納得する。皆、自分に価値があると思いたい。自分だからこの相手に選ばれたのだという"夢"を見たいのだ」

人生が、確実に曲がり始めた

そのうち相手からの返信が途絶えることも増えてきたが、「未希子」とのやり取りは続いていた。未希子は35歳で、夫と娘と暮らしているという。耀太にとって未希子とのやり取りは心地よく、六本木の社長としてではなく、つい耀太自身としてメッセージを送ってしまうことも。

「あなたにメッセージを送ったのは、寂しかったからです。(中略)未希子さんの話が聞いてみたかった」『私の話を聞いてくれるの?』「オレ、今日、誕生日なんです」『お誕生日、おめでとう』......。やり取りが親密になってきた頃、耀太は自分が「ロマンス詐欺」の片棒を担がされていることに気づき、愕然とする。

「嘘だ嘘だ、と何度も言い聞かせる。嘘だ、こんなことに巻き込まれるなんて。(中略)騙される事態についてまでは想定できても、まさか自分が騙す側になるなんて、絶対にありえないことだ」

さらに、時を同じくして未希子から届いたメッセージに、耀太は目を疑った。『助けて、私、殺される』

「真面目で、ただまっすぐにきていた自分の人生が、確実に曲がり始めたことを、震えながら自覚する。巻き込まれ、もう、取り返しがつかないのかもしれない」

「一線を越えてしまったら、もう戻れない」と恐れながらも、耀太はある行動に出る。「確実に曲がり始めた」彼の人生は、一体どうなってしまうのか――。

自分とは関係がない、遠い世界の出来事だと思いがちな「詐欺」。しかし、騙す側、騙される側になる可能性は、意外とそこら中に転がっているのかもしれない。「嘘」が日常に影を落としていく不穏な空気にぞわぞわ、わくわくした。耀太の「ドンドン」という心音が聞こえるようで、目が離せない。

■辻村深月さんプロフィール

1980年山梨県生まれ。2004年『冷たい校舎の時は止まる』でメフィスト賞を受賞しデビュー。11年『ツナグ』で吉川英治文学新人賞、12年『鍵のない夢を見る』で直木三十五賞、18年『かがみの孤城』で本屋大賞を受賞。『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』『朝が来る』『東京會舘とわたし』『傲慢と善良』『琥珀の夏』『闇祓』『レジェンドアニメ!』ほか著書多数。

元記事で読む
の記事をもっとみる