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【黒柳徹子】女優・沢村貞子さんは、「人生で何が大切か」。そういうことの見極めは、本当に達人なんです

  • 2022.9.16
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黒柳徹子さん
©Kazuyoshi Shimomura

私が出会った美しい人

【第5回】女優 沢村貞子さん

私には、自分を産んで育ててくれた母のほかに、「かあさん」と呼んで、とても尊敬している女優の先輩がいます。後年は、エッセイストとしても知られた、沢村貞子さんです。ものの考え方が、とてもはっきりしていて、旦那さまを大切にしていて、どんなに忙しくても毎日、食事は自分で作っていたかあさん。家計簿と一緒に、毎日の献立を記録していて、それは後に書籍化され、ベストセラーになりました。夕ご飯は旦那さまと一緒にと決めているから、セリフが百あっても、絶対にNGなんて出さない。「人生で何が大切か」「今、この瞬間にどういう判断を下せばいいか」そういうことの見極めは、本当に達人なんです。そして、優しいの。

かあさんが70歳、私が40代のとき、新聞の対談連載のゲストとして、かあさんに来ていただいたことがあります。そのとき、「歌舞伎役者の家に生まれて、男は大事だけど女なんて……という家庭に育って、スターである兄や弟の面倒を見て、ずっと陰にいたから、物事がよく見えるの」と話していました。

子供の頃から、割と冷めていたのは、「生まれたときから脇役」と、自分の境遇を冷静に受け止めていたのと、当時の下町の女が、周りから甘やかされることがなかったからなのかも。勉強ができたかあさんが、学校の成績表で「全甲」(今でいうオール5)をとったので、家に帰って、「母さん、全甲よ!」と言ったら、「全甲だか、ハチ公だか知らないけど、そんなもの、先生がいいっていえば、いいんだよ」って、お母様は、成績表を見てもくれなかったそう。そんなかあさんのお母様の口癖は、「甘ったれちゃいけないよ! 人様に迷惑かけちゃいけないよ! 人間は、誰でもみんなお互い様だよ!」だったんですって。

本好きだったかあさんは、教師になろうと思って、日本女子大学に進学します。でも、23歳のとき、「働く人がみんな幸せになるように」というスローガンを掲げる新築地劇団に入ると、当時の治安維持法に違反する左翼演劇運動に関わったとされ、2度も逮捕されてしまうんです。謝ればすぐ解放されたのに、「間違ったことはしていない」と考えたかあさんは、結局、合計すると1年8ヵ月も留置場にいたそうです。

戦前から、映画女優として活動していましたが、私と一緒に仕事をするようになってからは、テレビドラマの仕事がメインになっていました。文章が上手で、『私の浅草』という本で、日本エッセイスト賞を受賞して、その本と、自分の半生を綴った『貝のうた』という本を土台にして、NHK連続テレビ小説「おていちゃん」(1978年)の脚本が作られます。自分の書いた本を朝ドラにするときの条件も奮っています。

「浅草の人たちは、お金でも名誉でも動かない。人に迷惑をかけないで、甘ったれないで、それでもなんとか自由に生きるためには、手を貸し合わなくちゃならなかった。でも、それは武家社会に押さえつけられた日本の庶民の、精一杯の生き方であり知恵なのだから、割と上等な人間だと私は思う。浅草みたいな江戸の隅っこで、最後までそれを守った人たちの生き方を皆さんが知ってくだされば。貞子の半生を描くのではなく、上品でも粋でもないけれど、すぐむきになっちゃうおっちょこちょいの娘が、そういう人たちの中で生きていたら、こういうことがありました、という日常を描いたドラマにしてほしい」そうお願いしたそうです。

かあさんはずっと、「女は泣いちゃいけないよ、ご飯の支度が遅れるから」って教えられて育って、それを「女の誇りと心意気よね」と受け止めていました。誰も褒めてくれなくても、ちっとも惨めなんかじゃなくて、むしろいつも陽気で、ご機嫌だったって。

「私の中には、とても意地悪なところも、優しいところも、ケチなところも、気前のいいところも、いろんなところがごちゃごちゃにある。それが人間。だから、人間はいつも自分で自分を監視していないとダメ。嫌なことがあっても、気持ちを切り替えて、トントンと大根を刻むとか、廊下の雑巾掛けをするとか。人間は体を動かさなきゃ、方々がどんどん錆びてくる。仕事が終わって、食事を作るときも、『あぁ面倒』ではなく、『さあ、これからレクリエーションをいたしましょう!』と、楽しい方へ、頭を切り替えればいいの」

盛り上がりすぎて2週にわたってしまった対談の最後で、かあさんがしみじみつぶやいた言葉が、強く、印象に残っています。「私は雑草だけど、日向の雑草だから、割と運が良かったのかもしれないわね」

女優

沢村貞子(さわむらさだこ)

1908年生まれ。生涯に350本の映画に出演。89年引退、96年に87歳でその生涯を閉じた。『わたしの献立日記』(中公文庫)は料理エッセイの金字塔。

『わたしの献立日記』(中公文庫)

わたしの献立日記

─ 今月の審美言 ─

「『人生で何が大切か』そういうことの見極めは、本当に達人なんです。そして、優しいの」

取材・文/菊地陽子 写真提供/時事通信フォト

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